ホームページ開設10周年 (1)
ホームページを開設したころ掲載した写真
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ここに掲載している写真は、いずれも、1997年に私のホームページに掲載した写真です。
今からみると、やはり「若いなあ」と思ってしまいます。それに、もう少しやせていたような...(^^;)
某所で、当時、女装子と呼びあっていた人たちと撮ったツーショットです。
この写真を撮ってから、もう10年になるのですねえ。感慨深いです。
当時は「性同一性障害」という言葉も「トランスジェンダー」という言葉も知りませんでした。ひたすら「ニューハーフとしての私」という意識でした。ニューハーフの語は必ずしも「職業」を表すということではなかったはずです。「職業名を表している」と解説している有識者もいますが、その当時はちがっていました。
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都内でも高級なレストランとして名高い椿山荘(ちんざんそう)でお食事をしたときの写真です。
これは、ホームページ開設後、2年ほどたったときの写真です。このころからデジカメが実用的なレベルに達しだしていました。
オリンパスの当時の名器でもあった、C−2020、後継機種でC−3030。400万画素に達したC−4040ともなると、銀塩カメラとほぼ同じぐらいの画質を出せるようになりました。
椿山荘での写真は、私がデジカメで撮影しだして、実用的なレベルになってきた性能のデジカメに買い換えたころの写真です。
現在のデジカメの画像と比べても遜色がない程度になっているのではないでしょうか。
これは、たぶん箱根に、お友達と旅行したときの写真だと思います。
体は今よりやせていたのですが、顔がふっくらとしていたときでした。
当時、白のショートブーツがけっこう売れていて、私もほしくて購入しました。何年も、このブーツは履いていませんが、たぶんまだ持っています。
このときのイヤリングは壊れてしまいました。
ちなみに、ここに掲載している写真は、デジカメで撮ったものではありません。1998年ごろからはすべてデジカメでの撮影に切り替えましたが、このころは、デジカメなどそういう機材はとても買えるものではありませんでした。
確か、20万画素ぐらいで10万円とか15万円ぐらいしたのではないでしょうか。現在では800万画素でも数万円ですから、10年もたたないうちにこれほどの進歩があったということです。
20万画素ですから、こんなにきれいには写りません。今から考えるとひどいものでした。写真としては使い物になにないぐらいだったのです。
ここに掲載している写真は、すべて、普通の銀塩写真をイメージスキャナで取り込んだものです。
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この写真群は、ホームページ開設より2年ほど前になるでしょうか。1995年ごろだと思います。
女装の人を好きな男性がいらっしゃって、奥多摩湖で写真を撮らせてほしいとのリクエストでした。
車で奥多摩湖までドライブして写真を撮ってきました。
この方は、その後、女性の方とご結婚なされています。女装子とのことは「いい思い出」として心の奥にしまいこんで、パートナーの女性の方と幸せな生活を送られていることを祈念いたします。
当時のホームページのトップページを飾った写真です。
当時、こんなスーツが着れたのです。9号だったと思います。
まだ捨ててはいないけれど、どこにしまったのか...
胸を飾っている小さなペンダントは、たしかプレゼントされたものです。ダイヤモンドといいたいところだけど、そうだったら100万円以上するでしょう。でもガラス玉ではなく、人造ダイヤと呼ばれる素材だと思います。
これと同じイヤリングを、テレビドラマのなかで女優さんがやっていました。誰だったか忘れてしまいましたが、サスペンスドラマで、犯人の女性がやっていて、ちょっとイメージを壊してしまったイヤリングです。今でもときどき使っています。
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この写真は、ホームページ開設時のものではなく、もっと若いとき(たぶん20歳ぐらい)の写真です。
私が所持する現存する写真のなかで最も古い(ということは最も若いとき)写真です。
当時、私は、出身地の熊本を離れ、遠く、北海道大学に通っていました。ひとりで住めるようになり、なんとしても「女性」でいる時間をもちたいと、札幌のゲイバー(今でいうニューハーフバー)で当時の日本の中でも、その道の方の先輩格にあたるニューハーフのママが経営している「ゴールデンK」というところで、ニューハーフとしてアルバイトをはじめたのです。
ただ、この写真は、お店の中ではなく、知りあった画家のお宅にうかがったときのものです。今もそうですが、当時も、ニューハーフを好きな男性がいました。若くて溌剌としていたときですから、けっこうモテました(なんて自分で言うのもしょっていますが)。衣装は、お店で着ていたドレスです。
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←↑※普通の写真をイメージスキャナで読み込み写真をリフレッシュするデジタル操作をしています。古い写真がきれいに蘇りました。
これは何年ぐらいでしょうか。たぶん、1979年ごろの冬、皇居の近くの千鳥ヶ淵で撮した写真ではないかと思われます。
今でもあるようですが、エリザベス会館という女装をさせてくれるスポットができました。当時は神田の岩本町にあり、都営新宿線は岩本町が終点でした。
エリザベス会館のフロア担当に瀬良さんという方がいらっしゃって、その方がコーディネートしてくださり、エリザベス会館に来ていた女装の方(左側の人)も一緒に外出しようということになりました。
とあるホテルの一室で待ち合わせて、さてそこから外出です。
その瀬良さんに撮っていただいた大切な1枚で、私のかなり若かりしころの女装の様子が表れている写真です。
エリザベス会館が関与して「くいーん」という女装関係の雑誌が発行されていましたが(現在は廃刊に)、この当時は、「くいーん」がまだ発売されていないときでした。
瀬良さんが、女装関係の雑誌を出す企画がある、というような話をなさっていましたが、当時、私は、そのことが画期的なことだという認識がありませんでした。
創刊号への執筆を頼まれたのですが、当時、文章を書くのは苦手で、また、「くいーん」がそんなに画期的なことだとは考えてもいませんでしたので、依頼を無視したかたちにしてしまいました。
ちやんと書いていたら、宮崎留美子として「くいーん」の創刊号を飾ったのにと、今さらながら悔やまれます。