2008夏 古い街並みをゆく

その昔、中山道の宿場町だった妻籠宿を歩く


 妻籠宿。長野県の木曽郡にある。
 昔ながらの伝統的街並み保存の第1号の場所で、江戸時代の中山道の宿場町が保存されている。
 そのままほおっておいたのでは荒れるにまかせることになってしまう。修復し観光客を誘致することで、保存の費用も生まれてくる。
 妻籠宿の近くでは馬籠宿もそうした中山道の宿場町を保存している地域だが、第1号とあって、その規模や風情は、首ひとつ抜きんでているといってもいいような気がする。

 妻籠宿の入口は、東京(江戸)側に近い方を上手、遠い方を下手とすると、この写真は上手の入口だ。
 コンクリート製の橋はもちろん当時のものではないだろう。でも、その古色蒼然としたたたずまいは、これから入ろうとする妻籠宿の風情を予感させてもくれる。私が立っている側の橋が、人道のようだが、車のとおりが多いわけではない。古色蒼然とした橋の方を渡っていくのも一興だ。


 ところどころに休憩用のベンチがおいてある。宣伝入りのカラフルな野暮なベンチではない。いかにも、弥次さん喜多さんが休憩していたそうな(彼らは東海道だったっけ)腰掛けだ。
 ちょっと休んで、江戸時代の気分に思いを馳せてみよう。


 宿場町には、一般旅行者用の「旅籠(はたご)」が数多くあるのはもちろんだが、1つ2つ、本陣といった旅館もあった。本陣というのは大名が泊まるところ。
 江戸時代、自分の藩と江戸とを、交互に移り住まなければならなかった。いわゆる参勤交代だ。大勢の藩士を連れて妻籠宿に入り、大名本人は、こういった本陣に宿泊したのだろう。

 ここは本陣の内部。
 今の感覚でいえば、それほど立派なところというわけではない。でも、当時としてはなかなかしっかりした宿舎だったのだと思う。
 そうそう、この本陣のなかで、大名が使用するトイレをみた。外観は、今でいう和式トイレと似ているのだが、排泄物は砂の上にするようになっていたらしい。便座を囲む部分は畳だ。畳になっているのは大名用だったからだろう。