留美子、秋色に染まる(2)

会津若松・飯盛山と鶴ヶ城で秋色に染まる

 地方都市の夜は早い。ホテルに到着した夜10時には、お店はほとんど閉まっていた。東京であれば、10時といえば、まだまだ客足が残っている時間帯。この市ばかりではないが、地方都市は、いわゆる100万を超えるような政令指定都市を除くと、夜は早々と閉まってしまうようだ。
 夕食をとっていなかった。しかたがない。インスタントもので手早くすますと、バスタブにたっぷりと湯を張り、ゆっくりとお風呂にはいることにした。
 翌日、やや早めに起床し、メイクをすませて、コーヒーを飲んで気持ちも目覚めると、さて、ホテルをスタートした。
 駅前から、飯盛山−武家屋敷−鶴ヶ城と回っていくバスがでている。このバスを利用して、会津の秋色に出会いに出かけようという段取りだ。しかし、地方都市のバスは、1時間に2本。いつ行っても待たずに乗れる東京の交通機関とは勝手がちがう。発車時刻など考えることなく行動する習慣から、発車時刻を念頭において行動しなければならないように気持ちを切り替えなければならない。でも、これも旅の楽しみのひとつなのだろう。
 

左の写真は、鶴ヶ城内にある茶室の園庭。秋まっさかりの紅葉がまぶしい

 ホテルのロビーに荷物を預かってもらい、この日は、まずは飯盛山に行くことにした。ここは、山といえば山なのだが、小高い丘を少し高くしたような場所である。
 ここは、会津の白虎隊が最後の死に場所となったところである。話によると、1人だけ生き残ったということで、その人の口から、白虎隊の最期の様子が記録として残されたということだ。
 飯盛山には、白虎隊にまつわる、さまざまな祈念碑が建っている。
 「男らしい」死に様だと、当時は共感を呼んだ白虎隊の最期の場所なのだが、百数十年後、女性でありたいトランスジェンダーが、その祈念碑の横に立つとは、当時は考えられもしなかっただろう。男として生まれ女性になりたいなど思考の範疇外のことだったのかもしれない。
 百数十年の時代の流れは、かくも大きく価値観を変えていった。
 「常識」と考えられる価値基準など、案外もろくも崩れ去っていくものかもしれない。

 

11月初旬、会津の紅葉、真っ盛り

 今度は、赤と黄色に彩られたすばらしい紅葉を見てもらいたい。
 東京は、11月の初旬は、わずかばかり紅葉が始まったにすぎないが、南東北、そして内陸部にいくと、この時期が真っ盛りだ。
 3連休の中日ということもあって、観光客はけっこう多かった。紅葉をカメラに納めている人の姿もけっこう見かけた。すてきな撮影スポットでは、その位置を確保するために、しばらく待っている必要があった。私の前にも、紅葉を撮っている撮影者がいるからだ。
 左の写真と、中段の左側の写真は飯盛山でのもの。中段右と、下段の2枚し鶴ヶ城で撮ったものだ。とくに、中段右のスポットは、城の堀を背景に、カエデが実にみごとに色づいているなかなか風流な景色だと感じた。
 下段右の銀杏の黄色は、これまた「みごと」というしかない。絵の一幅を見る思いだった。
 

 最期の旅写真の紹介は、会津若松市の象徴ともいうべき「鶴ヶ城」。紅葉と松の木の前景に挟まれて、きれいな威容をみせてくれるお城だ。私の故郷である熊本の熊本城や、姫路市の姫路城も、なかなかすばらしいお城であると思っているが、ここ鶴ヶ城も、かなりすてきな城だと感じた。
 鶴ヶ城見学の最後は、茶室「麟閣」。このページの冒頭の写真を園庭で撮った。そのあと、お抹茶をいただき、ちょっとした「風流」を味わってみることにした。和菓子付きで500円。園庭を眺めながらのお茶は、また格別だ。
 香港で飲む中国茶、タイで飲むココナッツジュース、日本庭園で飲む抹茶。おいしさは、その場の雰囲気がさらにテイストを高めてくれる。