留美子のひとり鉄道旅(26)

 上州路を走るSL奥利根号     


 そういえば、私がまだすごく小さいころ、家の近くに豊肥線が通っていて、そこを列車が通っていた光景を思い出します。
 赤とクリーム色のディーゼル急行列車が通ったり(この配色は今では鉄道マニアの垂涎の的で国鉄塗装色と言われています)、ボーッと汽笛を鳴らしながらシュッシュッと蒸気機関車が牽引する列車が行き来していました。この路線にはけっこう後々まで蒸気機関車が走っていて、遅くまで勉強していた時代、闇夜のボーッという汽笛のことを、今では郷愁のシーンとして思い出します。
 当時は、蒸気機関車なんか当たり前すぎて、それよりも、昔の特急こだま型の電車が初めて熊本に来たときの新鮮さの方が記憶にくっきり残っているようです。それでも、機関車が吐き出す煙突からの煙の臭いは、今回、奥利根号で嗅いだ臭いと同じで

←「あそボーイ」、5年ほど前に撮影しました.今は走っていません.機関車の寿命だと聞きました.阿蘇の外輪山を背景にばく進するあそボーイ.豊肥線・内牧駅あたりでの撮影です.


昔、蒸気機関車が行き交っていた九州路を思い出させてくれました。
 これまで私が乗った蒸気機関車は、ずーーっ昔だと、熊本〜京都を走っていた「急行天草」、熊本〜東京の「急行阿蘇」、それに、豊肥線を走る普通列車だったことを思い出します。寝台列車の衰退で廃止になってしまった「寝台特急みずほ」は、ずーーっと蒸気機関車の牽引で熊本駅を出発していたのですが、私がこれに初めて乗ったときには電気機関車の牽引になっていました。
 あとになって、この10年間で乗った蒸気機関車は、もちろん定期便はありません。観光用に走らせている列車ばかりです。
 蒸気機関車が走ることでよく知られている大井川鐵道、豊肥線に復活した「あそボーイ」という蒸気機関車が引っ張る観光用列車(残念ながら今はなくなっています)、磐越西線を走る「ばんえつ物語号」、そして、今回の「奥利根号」と、4回だけ。現在、観光用に走っているとはいえ、実際にはなかなか乗る機会がもてないものですね。
 奥利根号は「EL&SL奥利根号」とネーミングして、この秋の土日、上野〜高崎をEL(電気機関車)で牽引、高崎〜水上をSLで牽引というスタイルで臨時列車として設定されました。
 全車指定の快速列車扱いですので、510円の指定席券を購入すれば、鉄道の日・乗り放題パスみたいな普通列車用のきっぷや、乗車券だけで乗ることができます。

 蒸気機関車は、見た感じはとてもメカニックで、あの大きな動輪の動きと、力強く吐き出す蒸気は、とても力強いイメージを与えてくれます。でも、実は馬力は電気のモーター車より弱いものなのです。スマートに走り出す毎日乗っている電車の方が、ずっと力があるのです。
 奥利根号を蒸気機関車で牽引するのは、群馬県の高崎駅と水上温泉がある水上駅の間なのです。高崎と上野の間は電気機関車の牽引になります。だから、高崎駅は、蒸気機関車と電気機関車の付け替え駅でもあるのでした。
 小さいころはそれでも速いと思っていたのですが、蒸気機関車が牽引する列車スピードはけっこう遅いものだと感じます。
 乗車した水上駅から高崎駅までは、もったりもったりと牽引していました。機関車の動輪はいかにも威勢よく回っているように見えるのですが、スピードは遅いものです。
 ところが、高崎で電気機関車に付け替えてからというもの、出だしの加速は電車ほどはないものの、そのうちにスピードはぐんぐんと増していき、「これはけっこう速いな」と思うぐらいに走っていました。

 実用性を考えると、蒸気機関車から電気機関車、そして、電車の時代に変わっていったというもの、なるほどとうなずけます。
 水上〜高崎だけで走るのではなく、蒸気機関車の牽引が上野駅までやってくれたら、それは大きな話題になるのでしょうが、住宅やビルが密集している首都圏に、煙をもくもくと吐く機関車を乗り入れさせることは、とてもかなわないことなのでしょうね。
 九州の電化はかなりあとになっても、東京近辺や東海道本線の電化がは早く終わったのは、人口密集地域では、あの煙もうもうの蒸気機関車は邪魔者だったのでしょう。

 動かない機関車が博物館に保存されているだけではなく、実際に動く列車として、動態保存がずっとつづいていくことを願わずにはいられません。