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スペイン鉄道紀行
スペインの国鉄は「Renfe(レンフェ)」と呼ばれていて、スペイン国内に鉄道網を張り巡らせている。イギリスやフランスと並ぶ鉄道大国だともいえるが、鉄道にかけては勝るとも劣らない日本に住んでいると、とりたてて、スペインは鉄道が発達しているというほどの感想にはならない。それは、日本という世界でもトップクラスの鉄道大国にいるからであって、公平にながめてみると、世界の中で、スペインが鉄道大国であることはまちがいない。
このスペインの鉄道に乗車すると、日本ではなかなか体験できない「鉄道の旅」を楽しむことができる。今回、私が体験したスペイン鉄道の「楽しさ」を、ここで紹介してみたい。
スペインの新幹線AVEでの優雅なランチ
日本では、食堂車が衰退していってどれぐらいなるだろうか。あわただしく、ただ移動することが目的になってしまったかのような日本では、食堂車で優雅に食事を楽しむといった習慣は廃れてしまったようだ。もちろん別のみかたもできる。日本では、いわゆる「駅弁」が旅のお伴になっていて、こちらの方は今でも盛況。駅弁を座席で広げて食べるという旅の醍醐味が日本人の習慣になっているということで、食堂車は流行らないというふうにも考えられる。
ヨーロッパには「駅弁」という風流な楽しみはない。たかだか、サンドウィッチやバーガー類と飲み物を買って乗り込むといったところだろうか。その代わりというわけでもないだろうが、1等車(日本のグリーン車にあたる)では、自分の座席に、前菜からはじまり、ワインやデザートもついて、食事がサーブされるというサービスが存在している。すべての列車の1等車がそうだというのではないが、とくに、高速列車や国際列車でそのようなサービスが存在しているものがある。とくに、スペインでは、食事サービスつきの列車は多いようだ。
スペインでは1等車のことを「プレフェレンテ」クラスと呼んでいるが、たとえば、最高時速300km/hで走るスペインの新幹線であるAVE(アベ)で、この食事サービスがある。AVEだけは、プレフェンテのさらに上位クラスに「CLUB(クルブ)」というクラスの座席もあるようだが、食事サービスはプレフェレンテ以上についている。
私は、スペインの首都マドリッドにあるアトーチャ駅からセビーリャまでのAVEに乗車した。この区間は、スペイン新幹線でも最初に開通した路線のようだ。現在は、ほかにも、バルセロナ方面への新幹線や、マドリッドとトレドを結ぶ短距離(30分)のAVEトレド線があり、地中海のコスタ・デル・ソルのリゾート地マラガに行く路線が建設中である。マドリッドとセビーリャ間の所要時間はだいたい2時間半。日本でいうと東京・新大阪間とか東京・盛岡間にあたる。スペイン新幹線のゴールド路線だと思うが、日本の新幹線に比べるとダイヤ密度はかなりまばらだ。だいたい1時間に1本程度のダイヤだから、東海道新幹線ののぞみやひかり号の10分おきのダイヤを考えると、なんとなくゆったりとしている。新幹線の鉄道ダイヤが日本ほど密なところは世界にも他にはない。最高時速の記録では、フランスのTGVという新幹線がわずかばかりリードしているようだが、ダイヤや便利さなど、トータルに考えると、日本新幹線技術は世界でもトップなのだと私は思っている。ただ、食事サービスという「優雅な鉄道サービス」という点では、日本は今ひとつであるようだ。
私はプレフェンテを予約した。マドリッド・セビーリャ間の料金は約100ユーロ。2007年時点での為替レートで換算すると、だいたい16000円。このところユーロ高なので、数年前だと13000円ぐらいで買えた計算になる。ユーロ高とはいえ、この料金だと、東京・新大阪間の普通車ぐらいではないだろうか。スペインの公共交通機関の価格は全般的に日本より安い。日本での普通車に乗車する値段で、グリーン車にあたる座席の快適さと食事サービスがついてくるわけだから、これを利用しない手はない。日本では楽しむことのできない「座席での優雅な食事」。今回の私のスペイン旅行のひとつの目的でもあった。
AVEはアトーチャ駅を静かに滑り出した。日本のように発車ベルもなく時間になると出発するのがヨーロッパの習慣なので、車窓をみていないと動き出したことすら気づかないぐらいだった。これはAVEを含めてヨーロッパの列車全般にいえることなのだが、ヨーロッパの列車は圧倒的に機関車が客車を牽引するタイプが多いため、日本のような電車タイプに比べると(日本の新幹線もそう)乗客が乗っている車両はより静かだからということでもある。電車タイプだと乗客が乗っている車両にもモーターがついているが、機関車牽引の場合には客車には動力となるモーターはついていない。日本では、ブルートレイン以外ではなかなか見られなくなったタイプが主流であり、それゆえに、発車時はまさに「静かに滑り出す」といった感じなのだ。
新幹線AVEの車窓には、まもなく、カステーリャ・ラマンチャ地方の赤茶けた大地が広がる。スペインの中部から南部地域は、降水量がかなり少ない地中海性気候である。とくに夏の降水量の少なさと、陰ることなく太陽が照りつけるこの大地には、雑草も十分には育たないのだろう。広がるのは、地平線のかなたまでどこまでも続くオリーブ畑である。なるほど、オリーブの木は、雑草すら育たない乾燥期にも耐える生命力があるのか。だから、地中海性気候の地域でオリーブが栽培されているのかと、ちょっとばかり社会科教員としての興味を呼び起こしたのだった。
このあたりから、Renfeの車内係員によって飲み物類とナッツ菓子が前菜としてサーブされる。1等車プレフェレンテのゆっくりとした座席から、どこまでも続くオリーブ畑の光景を眺めながら飲み物を口に含む。これから優雅なランチの始まりだ。
前菜がなくなりかけた頃合いに、係員は、メインディッシュやデザート、食器類がのっているプレートをサーブしにやってきた。ややあって、ワインはいかがですかとすすめにくる。赤ワインか白ワインか、またはビール、ソフトドリンクをリクエストできる。私は赤ワインを頼んだ。ちょっと冷えた小瓶入りのワインが渡される。それをグラスに注ぎ、メインディッシュをフォークとナイフで切り分けながら口に運ぶ。そしてワインで口直し。なんだかとっても豪勢になって気分だ。料理自体は、飛行機のエコノミークラスの料理よりちょっとばかり良さそうな程度なのだが、飛行機では外の景色をみようにも広がるのは雲の白ばかりだというのが普通だろう。機内食はもともと景色を見ながら食べる状況ではない。しかし、列車の食事は、豊かに広がる車窓を楽しむものであって、ゆとりとか気分的な豊かさでは格段に差がある。
ヨーロッパの列車旅で、ぜひ、1等車を予約されて、車窓を楽しみながらの食事体験をしてみることをおすすめしたい。金額的には日本の新幹線の普通車なみの料金で、ゆったりとした座席と食事が楽しめるので絶対にお得だと思う。