留美子のひとり鉄道旅(19)
 
すてきな女性のテツ、
        矢野直美さん

  
鉄ちゃん・・・・私の中のジェンダーバイアス


 フォトライターの矢野直美さん。きれいな人だ。この人を知ってから2年もたっていないかと思う。しかし、私に与えたインパクトは大きかった。
 私自身は、今でも自分のことを「テツ」だと言える図々しさはないが、それでも、3年ほど前までは、鉄道に関心があるということを表に出すことはなかった。私のホームページの紀行記のなかで、さりげなく鉄道に関することを書いたり写真を載せることはあっても、それは「たまたま」の扱いぐらいであった。
 旅行していると、一眼レフを持った人たちが列車に群がり、写真をパチパチと撮っている光景を何度も目にしてきた。でも、そこで撮っている人たちは、まごうことなく、100%、男性だった。ときには小学生や中学生ぐらいの子どもも見かけだが、でも男の子だった。女の人が列車をデジカメで撮っているのを見たとしても、レンズの先には「人」がいた。鉄道は人の背景を彩るアイテムにしかすぎなかった、と感じた。
 鉄道に関心を持つのは男性だ、ということがジェンダーであり、そんな思いこみがジェンダーバイアスであることはわかっていたが、女性でありたいと思いたい私にとって、男性〈しか〉関心を示さないであろう鉄道ファンを自認することにはとまどいを感じるのだった。
 そんな気持ちをグラッと変えさせてくれたのが、この矢野直美さんだったのだ。『おんなひとりの鉄道旅』という本は、女性であっても鉄道大好きであることを公言した本でもあり、それが少しもおかしくないことを私に教えてくれたのだった。「男性〈しか〉」は明らかにまちがいだったのだ。そして、矢野さんがきれいですてきな女性だったということも、〈しか〉というイメージを変えさせてくれるのに十分だった。
 でも、矢野さんが、ご自身を「男性でありたい」トランスジェンダーであるということになったら、私のバイアスを変えてくれたきっかけがダダッと崩れてしまう。矢野直美さんはやはり女性であってほしいと思う。私が鉄道に関心を持っている(乗りテツの部類だと思うが)ことを言えるようなきっかけをつくってくれた女性だったからだ。


 そういえば、小学生のころ、まだ豊肥線を走っていた蒸気機関車が牽引する定期便に、学校の帰りにわざわざ遠回りして、熊本駅から水前寺駅まで乗ったことがあったっけ.20分ほどの、両親にはこっそりと乗った鉄道旅だった.(上の2枚はテレビ番組から)



左の写真は大井川鐵道、右は磐梯西線を走るばんえつ物語号。貴婦人といわれていた秀麗なフォルムのC57機関車が見える。

 矢野直美さんを知る前であっても、大井川鐵道や磐越西線を走るSLにわざわざ乗りに行くというから、やはり鉄道への関心は強かったのだと思う。
 しかし、このとき、写真は撮ったものの、当時は矢野直美さんのことを知らなかったからだろう。機関車の運転台に乗ってご満悦の写真や名SLで貴婦人とよばれていたC57の前で撮った写真などを、鉄道のコーナーを設けてアップするのを躊躇する心理があったのだと思う。
 小学生のころは、私の出身地である熊本には、普通にSLが走っていた。まだ電化されていなかったからだ。寝台特急を牽引していくのは蒸気機関車だったし、小さいころ、両親と大阪に行ったとき、それは、今から振り返るとレトロな電灯が灯る、SLが牽引する客車だった。たしか「急行天草」だったかと思う。
 電化されると、絵本でしか見たことがなかった旧こだま号型の特急が走っているのを見ることができるようになった。当時、乗りたかったのはSLなんかではなく特急電車だった。
 今は、SLに乗ることで、ノスタルジーに浸れる自分がいる。