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↓人吉駅(熊本県)にて.特急くまがわ号、なのだけど、車両は「九州横断特急(別府〜熊本〜人吉)」と共用.
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JR東日本管内にいると、東北地方や信州方面を旅する割引切符はいろいろとでているが、他の地方への割引切符の情報を目にする機会が少ない。たいして広くはない日本を、6つの管内に分ける分割・民営化が、そんなにすばらしいものだとはとても思えない。
分割・民営化されJRになって、サービスがよくなって万々歳だというような意見を目にするが、一方からのうがった見方とも思える。
採算がとれないからと、ローカル線がどんどん切り捨てられ、分割されたエリア内の情報だけが氾濫したりするなどは、私は負の面だと思っている。国鉄時代の日本の鉄道に郷愁を感じるのは、決して私だけではないだろう。
エリア内のサービスだけが宣伝される中で、国鉄時代につくられた「青春18きっぷ」はいまだに健在である。国鉄が残してくれた貴重な遺産と思いたい。分割された6エリアのすべてに使える、たいへんお得なきっぷだから、これを使わない手はない。
青春18きっぷはたいへんに便利でお得なきっぷなのだけど、なんてったって普通列車(快速は可)しか乗れないというのは制限がかかる。そこで、現地のJRエリアで発売されている「お得なフリーきっぷ」と組み合わせて使うことをおすすめしたい。
今回、私が使ったのは「霧島・指宿のんびりきっぷ」というもの。JR九州管内で発売されている。残念ながら東京からは買えないので現地に着いてから購入することになる。前もって予約していなくても心配する必要はない。旅行ピークの混雑期であれば保証できないが、そこをはずせば前日だって楽々と希望の席が確保できる。んーー、というより、指定席車両だと1両に数人しか乗っていないという閑散さである。このきっぷは発駅によっていくらかちがってくるが、私が購入した熊本駅発だと1万円ぽっきりで3日間、霧島・指宿のエリア内は、特急を含めて乗り放題だし、熊本からフリー区間までは九州新幹線を含めて指定席を購入できる。
熊本から人吉までを走る特急には、熊本駅を8時28分に出る「特急くまがわ号1号」に乗った。指定席車両には数人しか乗っていない。自由席車両にはもう少し乗っているようだったが、それでもかなり閑散としている。真っ赤な車両のディーゼル特急が熊本駅のホームに入ってきた。先頭のエンプレムには「九州横断特急」と書かれている。くまがわ号は九州横断特急と共用の車両を使用しているのだ。ちなみに九州横断特急は、別府から豊肥本線(愛称:阿蘇高原線)で九州山地の阿蘇外輪山を貫き阿蘇のカルデラを通り熊本にいたる。つづいて八代まで行き、鹿児島本線から分かれ肥薩線(愛称:えびの高原線)を、球磨川に沿いながら人吉までいたる車窓がすばらしいローカル線を通る特急だ。くまがわ号は、九州横断特急の熊本からの半分を走る、いわば九州横断特急の熊本地域バージョンと言っていいのかもしれない。
午前9時を過ぎたころから球磨川沿いの路線を走るようになる。山の谷間にはまだ朝靄がかかっている。真冬なのだけどここは九州。緑は依然として濃い。ガタンゴトン・・・・この日は朝早く起きたので、まどろみが襲ってくる。でも、車窓の景色はそのまどろみさえも吹き飛ばしてしまうほどにすばらしい。肥薩線の人吉までの旅。今回の九州・ローカル線の旅ははじまったばかりなのに、もう私の心は景色に夢中になってしまっている。(くまがわ号の車内は木調のぬくもりある雰囲気.床も木調.JR九州のコンセプトのようだ)
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人吉駅からは、観光列車としての設定で、快速扱いで「いさぶろう」「しんぺい」というネーミングのディーゼル車が、鹿児島の吉松まで走っている。この路線は、矢岳越えという日本の三大車窓のひとつといわれている峠越えを行う列車だ。
矢岳の峠の最も高い場所あたりから、霧島連峰とえびのの盆地を見下ろす景色は、やはり名にしおう三大車窓なのだと納得した。観光列車というだけあって、最も眺めがいい場所で列車を停車してくれる。乗客が写真を撮りやすいようにとの配慮からだ。このあたりのJR九州のサービスが心憎い。
ところで「いさぶろう」とか「しんぺい」というのはなんだというと、この矢岳越えを含む肥薩線の建設に尽力した人物の名前だということ。「いさぶろう」は当時の逓信大臣・山県伊三郎のこと。「しんぺい」は鉄道院総裁・後藤新平のことだという。逓信大臣というと郵政大臣ということか。鉄道院総裁は国鉄総裁ということになるのだろう。もっとも、省庁改編があり国鉄が民営化された今では、その両方のポストともになくなってしまっているが。
ちなみに、「いさぶろう号」は、人吉から吉松に向かう下りの列車名で、逆の吉松から人吉への上りの列車名が「しんぺい号」となっている。
肥薩線は、1909年(明治42)開通で、勾配が急な峠越えを行うために、トンネルはもとより、ループ、スイッチバックなど、当時としては最高の鉄道技術が使われたというのだ。熊本〜鹿児島間は、当時はこの線で行き来していたという。今の鹿児島本線(もっとも九州新幹線ができて鹿児島本線は途中が肥薩オレンジ鉄道となって中抜けになっているが)ができたのは、このときよりあとであった。
観光列車がウリだけあって、途中の矢岳駅や真幸駅では10分ほど停車して、乗客はその間にホームに下りて思い思いに写真をとる。また真幸駅という縁起がいい名称にあやかって車内では乗車駅証明書が配布される。北海道の「幸福駅」はなくなって久しいが、ここは「真の幸せ」ということなのか、駅名の入った切符が価値をもつ場所となっている。
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↑三大車窓と言われている矢岳越え.えびのの盆地と霧島が眺望できる
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↑「はやとの風」の車内.木調はJR九州の特徴
←特急「はやとの風」.真っ黒の外装は珍しい
矢岳峠を下ると、やがて終点の吉松に到着する。吉松からは、こんどは観光特急ともいうべき「はやとの風」で鹿児島中央駅まで向かうことになる。
「はやとの風」は真っ黒にペイントされた列車なのだが、これはリニューアル車。国鉄時代から使われているけっこう古い型のディーゼル車だ。当時は準急、その後、急行用のディーゼル車として使われていたもののようで、それを特急にリニューアルするのだから、JRもなかなか商売がうまい。
車両そのものは古い型なのだが、車内は、JR九州のコンセプトそのままに、木調をベースとしたおちついたつくりになっている。なかなかいい。
ゆっくりと腰を沈め、車窓から錦江湾(鹿児島の湾)でもながめながら、今日の宿泊地である鹿児島市に向かうとしよう。
←当時の駅舎のまま残っている「嘉例川(かれいがわ)駅」
鹿児島中央駅は、昔は西鹿児島駅と呼んでいたところ。ここ鹿児島のメインとなる駅は西鹿児島駅だったのだ。九州新幹線開業を機に鹿児島中央駅と名前を変えた。昔のひなびた駅とちがって大きな瀟洒な駅に様変わりしていた。
鹿児島中央駅からほどちかいホテルに宿をとり、その日の夜は地酒の焼酎と郷土料理を食べに行こうと、市内一の繁華街である天文館通に足をのばした。
翌日は、指宿線で山川駅まで行き、そこから長崎鼻という岬まで足を運ぼうというのがプランだった。
指宿線の快速で「なのはなDX号」というディーゼル列車が走っている。けっこうあたらしい車両のようだ。リニューアル車とはちがう。これに乗って薩摩半島を下っていく。南端には「薩摩富士」と呼ばれる開聞岳が美しくそびえ立っているところにほど近い街が山川だ。
沖縄・那覇市のモノレールであるゆいレールを別にすれば、最南端の駅は西大山という駅。北緯31度11分。ただしここは無人駅。有人駅の最南端は山川駅だという。温暖な地域なのだろうけれど、この日はこの冬一番という寒波がやってきていて、鹿児島といえども暖かくはなかった。
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今回、九州のローカル線の旅では、南九州・鹿児島をまわる旅とは別に、熊本から日帰りで行ける島原鉄道にも乗ってきた。
島原鉄道の車両も、指宿線の「なのはなDX」に似ていて黄色の車両が使われている。こちらも菜の花をイメージしたのだろうか。
熊本市のバスセンター(交通センター)から熊本港に行くバスに乗り30分ほどで港に着く。そこからは、フェリーが島原港に向けて出ている。
昔は、熊本駅から三角線に乗って、宇土半島の一番先にある三角駅まで行き、そこから島原までのフェリーに乗っていた。熊本港という港はなかったからだ。
熊本港ができると、有明海を横切って島原にいくフェリーは、こちらの方に奪い取られたらしい。2006年の夏をもって、三角港〜島原港のフェリーは廃止になったようだ。
←島原外港駅にて.2両編成のディーゼル列車がガタンゴトンとやってくる.