ヨーロッパの街角と風景/アジアの街角と風景(11)


(11)首長族の村ではゆっくりと時間が流れる 2005.10.3up


 この写真を「街角」に含めていいのかどうか。でも、この村のメインストリートなのである。
 両側には、観光客向けのみやげもの店があるし、缶ジュースだって売っている。
 写真の時間帯は、だいたい午後3時ごろ。なにをするでもなく、男たちは、所在なげに、けだるい午後をぼんやりと過ごしている。首輪をつけた女性たちは、店頭で、この日はほとんど観光客もないストリートをぼんやりとながめていた。いったい1日の売り上げはどのくらいなのだろう。1品で、平均100バーツ(280円)まではならない。1日1000円の売り上げはあるのだろうか。
 この村には電気が引かれていない。電気のない村。日本ではもはやありえない光景だ。でも、そういう場所が、地球にはいくらでもあるのだろう。先進国に住む私たちには、なかなかリアルに想像できない社会だ。
 もちろん、私に、ここで生活せよといわれても、それはなかなかできない。しかし、では、日本の方が優れているのかというと、「時間がゆっくりと流れる」という、この感覚のぜいたくさは、私たちには味わえないことだと思う。どちらが進んでいるのかという見方ではなく、生活観や価値観がそもそもちがっているのだという相対的な見方を身につけることが必要なのではないだろうか。
 先進国が発展途上国に文化を与える、などといった傲慢さでは21世紀の世界にはなじまない。この村の文化と日本の文化は同一価値なのだという相対観で理解したい。


 ここ、首長族(カレン族)の村では、女性は、小さいときから、こういった首輪をつけて、年をとるにつれて、輪の数を少しずつ増やしていくという。この首輪をはずすことはない。寝るときもずっとつけたままだ。首が長い女性が美しいとされるらしい。
 女性にだけが強いられる、こういった風習。人権の観点からいくと、やはり問題だろう。この部族ではないが、女性のクリトリスを切除する風習を持つ民族もあった。セックスにあたって、女性は感じてはならないということらしい。首長族の風習は、そこまでの残酷さではないだろうが、人権侵害ということはいえるだろう。
 はて、ここで困ってしまった。人権観といえども、欧米から発生したひとつの文化・思想だ。私たちが「当然」と思っている価値観でものごとを見てもいいのだろうかという疑問にぶちあたる。だけど....女性だけが首輪をつけさせられるなんて。
 相対的に見ていくということは、実はたいへんに難しいことなのだとも思ってしまった。