ヨーロッパの街角と風景/アジアの街角と風景(9)


(9)2000年前の街角、栄華のあとポンペイ 2005.10.2up


 この写真が、ヨーロッパの街角の写真といえるかどうか。
 でも、やっぱり街角なのだ。ただし、人が住んでいて、車が通り(自動車とはちがうが)人々が談笑しあった街角は、2000年前のことだった。2000年のときが封印されて、そして、今、開かれている。
 場所は、イタリアのポンペイ遺跡。
 ポンペイへの行き方はつぎの通り。成田からローマに飛ぶ。ローマからは、鉄道でナポリまで行く。だいたい2時間。ナポリからは、ベスビオ周遊鉄道に乗って40分。ポンペイ遺跡入口で降りるとよい。駅を降りて数分歩くと入場チケット売場があり、そこでチケットを買って入ると、広大な街角が広がっている。
 なんてったって、2万人を擁した当時の都会が、そっくり火山灰に埋もれたわけだから、ちょっとやそっとの広さではない。なかに、交通機関があるわけではないので、足で歩くことになる。まる1日かかっても回りきれない広さだ。
 確かに、街だ。
 写真をみてほしい。ちゃんと、車道と歩道が分離されている。車道のところどころには、道を渡る飛び石がしつらえられている。車の通行のじゃまにはならないのかって? 大丈夫。昔は車といっても馬車のことなので、馬車の車輪は、ちょうど、飛び石の間を駆け抜ける。みてほしい。飛び石の近くは、馬車の車輪はほぼ同じところを通る。だから、そこに轍ができているではないか。轍のあとまでがくっきりと残っている。2000年前には、ここを、車が行き交っていたという情景がありありと目に浮かぶ。

 ところで、遠景の山が、実はベスビオ火山。2000年ほど前に、この山が大噴火して、瞬く間に、ポンペイの街は火山灰で埋もれてしまった。今は休火山。ナポリの街から見ると、ナポリ湾(サンタルチア湾)の背景として、実に風光明媚な絵になる光景のアイテムとなっている。
 左の写真は、ポンペイを見学した翌日、ナポリ市でサンタルチア湾を見渡せる場所で撮影したものだ。ベスビオ火山が一幅の絵を構成している。


 これも、人がそこに住んでいたという、ありありとした証拠だ。
 かまどがきれいに残っている。これはキッチンだ。L字型キッチンということかもしれない。なんと、現在風でいうならば、システムキッチンなのだろうか。
 夕方になると、家々から、夕げの香りがただよってくる。通りは、家路を急ぐ人たちが行き交う。
 街角だ。だけど、今は、観光客がいなくなった夜は、人ひとりっこいなくなってしまう街角だ。