宮崎留美子、宮崎を歩く
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2004年、1月初旬の土日。宮崎県に行くことになった。
主たる目的は、県立延岡病院の看護師自治会のみなさま方に呼ばれて、そこで、トランスジェンダーやジェンダーに関わることをお話しするためだった。
大学の授業でのゲストだとか、教職員組合でお話しをすることはこれまでにもあったが、医療関係者の前でお話しするのは今回が初めて。当地に行くまでは、いささか緊張する感があった。しかし、私を迎えてくださった看護師自治会の役員の方が、とても気さくで話しやすかったこともあって、まもなくうちとけていった。
実際の講演では、「日本のトランスジェンダーというあり方が、医療に依存し、医療関係者がどうあるべきかを決めていくような現状」の問題点についても、医療関係者の前ではあったが、率直に話させていただいたつもりだ。医療は、トランスジェンダー本人がどう生きていくかのアシスタントでしかなく、それ以上ではないことを、私はわかってほしいと思っている。↑ 日南海岸の青島というところにある「鬼の洗濯岩」を背景に撮影したもの.黒潮が海岸を洗っている.
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紀行記とはいえ、まずは、宮崎に行った目的は講演であったわけなので、その写真から掲載したい。
オレンジのセーターと千鳥格子のミニスカート、そして白のブーツ、白いウールのハーフコート。こんなファッションで、宮崎市内の宿であった宮交エアラインホテルを出た。
宮崎駅まで歩いて10分。そこから延岡市までは、特急で約1時間の距離。宮崎市は、だいたい県の中央部なのだが、延岡市は北部にあたる。特急電車は、にちりん号とひゆうが号が、だいたい交互にでているのだが、それでも1時間に1本。4両か5両の編成になっていて、東京圏の特急のように10両以上の列車とはちがう。地方の、ある意味では風情がある特急電車だった。
座席はがらがら。東京のように、指定席をとっておかなければ座れないなどということは全くない。
県立延岡病院の最寄り駅は南延岡というところ。特急も停車する。降り立つと、迎えの方が3名来ておられた。和食の昼食が予約してあったみたいで、一緒に食べに行き、そこで、何点かについて打ち合わせを行った。私の講演を聞いてくださるのは、主として、県立延岡病院の看護師の方たち。
これまで、教育関係者に呼ばれてだとか、大学でのゲストスピーカーとして呼ばれてというようなことはあったものの、医療関係者の前で話すのは初めてであったため、少しばかり緊張気味だった。
トランスジェンダーという存在が、GID(性同一性障害)という医療概念から出発した範疇だけででくくられるものではないし、また、ことによると、GIDを認定するという医師が、当事者の生き方にまで関わってきすぎているのではないかというような疑問、また、GIDそのものが、客観的な基準ばかりではなく、認定側の世界観とも関わってくるというような曖昧な概念ではないかというようなことも話していった。
性別に違和感があり、所与の自己の性に悩んでいるということが、GIDという枠内で語られることからは、日本もそろそろ脱してほしいものである。
もっとも、このような不自然な状況は、97年ごろから生じてきたものであって、それまでの日本では、性別に違和感を持っている人の生き方は、GIDで括られるようなものではなかったともいえる。
南国・宮崎とはいえ、1月はやはり寒い。でも、東京に比べれば、まだまだ暖かい。
大淀川ぞいにある橘公園では、宮崎を象徴する木であるフェニックス並木があり、すみれが咲き誇っていた。
九州でも、福岡や熊本は、冬はそれほど暖かくない。しかし、暖流の黒潮が洗う太平洋岸の宮崎や大分は、けっこう温暖な地域である。
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宮崎市からバスで1時間弱。日南海岸のひとつ、青島という島がある。島といっても砂浜での陸続きだし、橋が架かっていて、写真のようなヒールのあるブーツでも、難なく行けるところである。
海幸彦・山幸彦などの神話にゆかりのある場所でもある。古代の昔、今もある「鬼の洗濯岩」が続く青島の海岸にたって、遠く、太平洋を眺めていたのだろうか。そして、太平洋の向こうに、どういう世界があって、どういう人たちが住んでいるかなど、思いをめぐらすこともあったのだろうか。
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青島には神社がある。そして、神社の周りは、亜熱帯の植物が生い茂る。他の地域の神社のように、高くそびえる杉の木があって、玉砂利があって...というのとは違っていた。境内は、ビロウ樹が茂り白い砂が続くといった感じのところだった。
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旅行して、その地に行ったときには、その地の食べ物をとにかく食べてみるということを心がけている。タイに行ったときにはトムヤムクンにグリーンカレー。辛くてもなんとか食べてみる。そうすると、初めは美味しいとは思っていなくても、そのうちに美味しく食べられるようになってくるから不思議です。
ここ宮崎は、日向地鶏で有名。地鶏のもも焼きを食べさせてくれるところに入ってみようと思った。でも、「女性」が1人で入っていくのは、なかなか勇気が要る。
ガイドブックで見つけたとあるお店に入ってみた。このお店には、なかなか手に入らない、宮崎の幻の焼酎といわれている「百年の孤独」がおいてあるという(焼酎に詳しい人は、これがなかなか飲めないものであることはわかるでしょう)。席に着きメニューを見るが、その名称は書いてなかった。ともあれ、お店の人に注文すると、確かにあった。どうやらメニューには出していないらしい。たしかに「幻」だけあって、うまい。焼酎がこんなにまろやかで美味しいと思ったのは初めてだった。
下の写真で、右上の小さなグラスに入っているものが「百年の孤独」。大きなグラスは、ただの水。「百年の孤独」は度数がウイスキーと同じなので、チェイサーをつけてくれたのだと思う。もも焼きと豆腐サラダを注文した。
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東京に帰るため、夜、宮崎空港に着きました。早めのチエックインをすませブラブラしていると、「白いブランコ」という、昔懐かしきフォークソングが流れてくるではないか。えっ!と思い、音が流れてくる方向に行ってみました。
エアポート・ギターショーの最中だったのです。「白いブランコ」は、その昔、ビリーバンバンというグループが歌い、かなりヒットした曲でした。
♪♭君は覚えているかしら、あの白いブランコ♪♭で始まるこの歌は、歌いやすいメロディということもあり、よく知っている好きな曲でした。
フォークソングを奏でているようなので、さっそく、はしだのりひことシューベルツが歌った「風」という曲をリクエストしました。
♪♭人は誰もただひとり、旅に出て♪♭
懐かしくうっとりとなるメロディに聴き惚れていると、もう飛行機の出発時刻が迫ってきます。
惜しみながら、その場所をあとにしました。飛び立つ最後まで楽しませてくれた「宮崎」に感謝。