2005夏 イタリアとギリシアを歩く(2)
フィレンツェ と トスカーナ地方歩く
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イタリアのフィレンツェは、ルネッサンス時代の中心都市。権勢を誇った有力一族であるメディチ家のもとに、多くの芸術家が集い、ギリシア・ローマ時代の文化への回帰という「文芸復興」を意味するルネッサンスが、この地に花開いた。
ミケランジェロは、その中心的な人物だった。他にも、レオナルド・ダ・ビンチも超有名だし、ボッテチェリやドナテッロも活躍していた。こういった人たちの作品は、ウッフィツィ美術館やアカデミア美術館、パルジェッロ国立博物館で見ることができる。
左の像は、フィレンツェ市内にあるパルジェッロ国立博物館にある、ドナテッロ作の「ダビィデ像」である。ルネッサンスにおける最初の裸体像として有名だということだが、私は、この像にくぎづけになってしまった。
ペニスがある。もちろん男性だ。しかし、腕の細さといい、筋肉隆々とした男性像とは全く逆で、丸みを帯びた腰のラインなどは、まるで女性的ですらある。顔には髭はなく、長くのびた髪の毛は、一見、女性ものの帽子や女性もののブーツとまちがいそうな武具とも相まって、少女の体とすら思えるぐらいだ。実に中性的な像となっている。このダビィデが化粧してミニスカートをはいて女装し東京の街を闊歩したら、数多くの男性がナンパしてくるのではないか。
でも、実は強い勇者でもあったわけで、女性っぽい体と勇者という、2元性的な男女観にもとづくデザインとはちがうこの像に、全く見入ってしまったのだった。
余計な話かもしれないが、このダビィデ像を含めて、ペニスが表現されている男性像は、そのすべてのペニスが包茎であったということ。ヨーロッパの昔は、ペニスって包茎が当たり前だったのではないだろうか。または、包茎こそが美しいもので、亀頭が出ているペニスなどは汚いものとされていたのではないだろうか。
さてさて、包茎を嫌悪している私たちの時代は、男性による女性支配の観念と結びついているのかもしれない。このダビィデのペニスの包茎は、実にかわいらしかった。
ヨーロッパの美術館は、フラッシュを焚かなければ、カメラ撮影は自由であるところがほとんどだ。日本も、撮影にはもっと伸びやかであってほしいと思う。
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この建物は、フィレンツェでは最も有名な、そして、見学者が最も多いウッフィツィ美術館。
美術の本で見たことがある、ボッテチェリり「春」「ヴィーナス誕生」や、レオナルド・ダ・ビンチの「受胎告知」「聖家族」などの作品をはじめ、簡単には見切れないほどの作品が展示されている。
ガイドブックでは、入館には予約が必要と書かれているが、予約なしでも入ることができた。ただし、3時間ぐらい並ばなければならなかった。
この写真は、美術館を見終えて、午後6時半の閉館時刻後に、建物の外で撮したもの。
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フィレンツェの見学場所で、多くの人が見学に行くのが、背景にあるヴェッキオ橋。
ルネッサンス期、フィレンツェを支配した有力なお金持ちであったメディチ家の居城から、街の中心部まで、すべて建物の中を通るだけで行けるようにつながっている。
橋の上には建物がつくられ、通路のようにつながっている。
これはあまりにも有名な、ピサの斜塔。
私は、フィレンツェの駅前にあるボッカチオというホテルに宿をとった。エコノミーレベルのホテルで、1泊70ユーロ。部屋の中は清潔できれいだった。バスはついていない。シャワーだけだが、シャワーはちゃんと熱い湯がでた。ちなみに、ヨーロッパでは、高級なホテルでないとバスは装備されていない。だいたいはシャワー。湿度が低くてカラッとしているヨーロッパは、日本のように、お風呂とともに生活するという習慣がないのかもしれない。
ピサには、フィレンツェから、快速列車で1時間半程度かかる。しかし、十分に日帰りができる距離だ。
さすがに有名な場所というだけあって、世界各地からの見学者であふれていた。
斜塔の傾斜が強まりつつあったということで、何年間にもわたって補強工事が行われていたらしい。しかし、2005年の現在では、斜塔の最上階までのぼることができる。写真でいうと、旗がはためいているところにまでのぼれる。ただし、15ユーロ。予約が必要で、だいたい3時間から4時間先となる。
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フィレンツェやピサがある地方を、イタリアのトスカーナ地方というのだが、ここ、シエナも、そのひとつ。
フィレンツェ以上に、中世の街並みがそっくり残っている。世界遺産に登録された街並みだ。
ストッキングのカラーのひとつに、シエナブラウンという色があった。シエナってなんだろうと思ったこともあったが、とくに気にとめはしなかった。今回、シエナがイタリア、トスカーナ地方のひとつだということを知り、そして、この街全体の色あいが、ブラウン系でもある。なるほど、シエナの街並みの色あいのブラウンなのだと、今になって納得した。
写真は、カンポ広場。左の建物が、今は、市庁舎として使われているという。世界で最も美しい広場という言葉が冠されるらしいのだが。たしかに、趣はある。
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シエナは、街全体が、本当に中世の趣を醸し出している。道は石畳。中世から残る煉瓦造りの家並みがつづく。洒落たショーウィンドウがなければ、中世ヨーロッパの街を徘徊している気になってしまう。まさにタイムトラベルの世界だ。
まち歩きに疲れたら、教会につづく階段に腰を下ろして休む。そんな見学者がたくさんいた。私も、真似して、ひと休憩。
疲れがとれたら、また、ふらふらと街並みを眺めながら歩く。中世の建物を、現実にこの目でみると、本当に「歴史に触れた」感覚が伝わる。
途中に、ジェラートのお店がけっこうある。ジェラートというのはアイスクリームのこと。
ココナッツフレーバーやピスタチオフレーバーのジェラート(1.5ユーロ)を食べながら、また歩く。
あっ、洒落たカフェがあった。こういったところで休憩するのもすてきだが、3〜5ユーロぐらいはとられそうだ。日本のドトールコーヒー店に比べると、決して安くはなさそう。
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フィレンツェに戻ってきて...
ここは、ミケランジェロ広場。フィレンツェの郊外にある。フィレンツェ中央駅からバスで15分ぐらいのところにある。フィレンツェ市街を眺望することができる。
街の中心にはドォーモがそびえている。ヨーロッパの街並みは、だいたいどこでもそうだが、日本の新宿のような超高層ビルはない。4,5階の茶色の煉瓦づくりの古いビルが、ずーーっと広がっているといった風景である。私が知るかぎりでは、ドイツのフランクフルトと、旧東ドイツエリアのベルリン市に高層ビルがあったが、他のところでは見たことがない。
ここ、ミケランジェロ広場は、私にとって、悔しい思い出の場所だ。なんと、スリにやられて財布をとられてしまった。ただ、多くのお金を入れた財布は、ポーチの奥にしっかりとしまっていて、小銭(それでも日本円にして1万数千円)を入れた財布だけだったのは、不幸中の幸い。