2005夏 イタリアとギリシアを歩く(1)
世界遺産、ローマの歴史地区を歩く
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コロッセオ
イタリアは世界遺産(文化遺産部門)が最も多く登録されていく国である。首都であるローマ市内には、歴史地区が世界遺産として登録されている。
ここ、背景にみえる円形劇場であるコロッセオはあまりにも有名な建造物だ。
私は、ローマの中心駅であるローマ・テルミニ駅から徒歩5分のところにあるサンレモというホテルに宿をとった。ここからはローマのいろいろな史跡は行きやすい。コロッセオは、テルミニ駅の地下鉄B線で2つめのところに、最寄り駅のコロッセオ駅がある。
コロッセオは、ローマ皇帝ヴェスパシアヌス帝が紀元72年に着工し、80年に、彼の息子であるティトス帝により完成されたものだという。
とにかく大きい。紀元80年というと、日本にはまだ統一国家はなかった。大和朝廷はまだあとのことだ。弥生時代と呼ばれていた頃であり、藁葺きの竪穴式住居に住んでいた時代だ。このころ、コロッセオという巨大な円形劇場がつくられ、ここで、ローマ市民がいろいろな催し物を楽しんでいたというのは、さすがに驚嘆に値する。
ローマの中心駅であるテルミニ駅から、直接、最寄り駅のコロッセオ駅に行ってもよいが、私は、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂から、フォーリ・インペリアリ通りというところを歩きながら(両側に古代遺跡が立ち並ぶ)コロッセオの方に歩いていった。
近づくにつれ、その大きさがつくづくとわかった。
↓コロッセオのなかに入って撮影したもの コロッセオに隣接して建てられている、コンスタンティヌス帝の凱旋門(4世紀)↓
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この写真は、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂なのだが、これもまたばかでかい建造物だ。19世紀に、イタリアを統一国家としてまとめあげた国王を記念したものらしい。
これはシーザーの銅像だろう。フォーリ・インペリアリ通りには、このような銅像が、いくつかあった。この通りを500メートルぐらい歩くとコロッセオに出る。
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フォロ・ロマーノ
紀元前、後の数百年、ローマ帝国は、ヨーロッパだけではなく、アフリカ北部、中東地域を含め、広大な帝国を築いた。フォロ・ロマーノは、そのローマ帝国のまさに中心部であった。
例えば、左の写真の中央部あたりを、左から右下に横切る道は「聖なる道」というらしいのだが、戦で勝利したローマ軍が、左に半分ぐらい見えている凱旋門をくぐって、聖なる道を行進してくる。それをローマ市民が大勢、見物にきているといった状況だったらしい。
今は、多くは、礎石ぐらいしか残っていないが、ここに、大きな建造物がびっしりと並んでいる構図を想像すると、その当時の歓声が聞こえてきそうだ。
※写真上の右は、凱旋門から下ってきている聖なる道に立つ私。
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この写真は、2005年、NHKで、世界遺産・イタリアを旅するというテーマで、7月中旬から下旬にかけて、7時間の時差をはさんで中継で放送するという番組があり、そのなかの「ローマ」を題材にした番組のものである。
この放送がなされて、ほとんど日がたたないうちに、私はイタリアへ旅立った。
いずれも、フォロ・ロマーノ内の遺跡を背景に写真を撮っている。廃墟とはいえ、当時、そこに壮大な建物群があったことを彷彿とさせる。
聖なる道の両側に、石造りの数階建てのビルが建っていたわけで、当時の日本は弥生時代であって、藁葺きの竪穴式住居に住んでいたことを考えると、ローマ帝国の文化の壮大さに感嘆させられる。
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このページに載せたのは、私が撮した写真のごく一部である。世界遺産(文化遺産)であるローマの歴史地区には、まだまだ、見学者に、その当時のローマ文化のすごさを感じさせる遺跡が残っている。
コロッセオとパラティーノの丘の遺跡との共通チケットで、確か8ユーロではなかったかと思う。
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カンピドーリオ広場
2つ上の写真をみてほしい。聖なる道は凱旋門(コンスタンティヌス帝の凱旋門とは別の凱旋門、こちらの方が古い)をくぐって続いているが、凱旋門の向こう側に見えるのが、実は、ローマ市庁舎のひとつ。ローマ時代の建造物があった土台の上に、中世のころ、建物をのせ。さらにそのあとに、もう1回建物をのせている。昔の建造物を壊さずに、それを利用するかたちで建て増すというのは、日本ではなかなかみられない。
左側の写真は、その市庁舎の表側で、ここには、幾何学模様にデザインされた石畳があるカンピドーリオ広場だ。この広場は、ミケランジェロがデザインしたものだという。ミケランジェロは彫刻家だっただけではなく、街の設計士でもあったわけだ。
この広場では、夏になると、クラシックコンサートが開かれており、この日も、コンサートのために、いすが並べられていた。
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ミケランジェロが設計したというカンピドーリオ広場を下り、大きな道なりに700、800メートル歩くだろうか。サンタ・マリア・イン・コスメディン教会に着く。この教会のなかには、オードリー・ヘプバーン主演の「ローマの休日」で有名になった、「真実の口」がある。
左の写真が、その真実の口である。嘘をつく人間が、この口に手を入れると抜けないという伝説がある。ちなみに、私は難なく抜けた。(笑)
さらに数百メートル歩くと、大きな運動場あとみたいなところに出る。ここが「チルコ・マッシモ」というところだ。
フォロ・ロマーノからみると、隣接するローマ帝国時代の高級住宅地であったパラティーノの丘を越えたところにある。
運動場と思えたのは、実は、ローマ帝国時代の戦車競技場のあとなのだ。映画『ベンハー』に出てくる戦車競技のようなものは、このチルコ・マッシモの競技場で行われていた。このように、2000年も前の施設が、ちゃんと今に残っているのがすばらしい。
←チルコ・マッシモの競技場を背景に撮した写真