No.117 読売新聞に載った「ブラジャーをする男たち」の記事
ブラジャーをする男たち 〜「草食化」は生物的必然?
顔を見せず何でも買えるインターネット通販では、時々、びっくりするようなものがヒットする。
11月はじめ、「ウィッシュルーム」という下着通販会社が、史上初の「男性用ブラジャー」を売り出したところ、一か月で約700枚も売れて話題になっている。海外からも引き合いがあり、工場生産が追いつかないほどだという。
メンズブラと聞いて耳を疑う人もいるだろうが、同社によると、「以前から強い要望はあった」。いわゆる女装趣味や性の不一致とも違う意味合いで、ごく普通の人が、服の下にそれと分からないように着けたりするそうだ。ユーザーからは「周囲に優しい気持ちになれる」「仕事の集中力が上がる」「リラックスできる」などの声がメールで寄せられているという。
「ブラジャーをする男たちとしない女」(新水社)というルポを書いたフリーライターの青山まりさんは、こうしたブラ愛好家男性の悩み相談に応じるサイトを開いているが、「不況で社会的ストレスが高まると、ブラジャーを買う男性が増えるようだ」と語る。「職場でバリバリ仕事をするような男性が、精神的バランスを取るためにブラを着ける。ヘンタイと思うかもしれないけれど、そういう人ほど外見はむしろ男らしいし、身だしなみも生活態度もきっちりしているものなんです」
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とはいえ、男なのになぜ?という疑問は、どうしてもわく。
そんな時に、分子生物学者・福岡伸」さんの「できそこないの男たち」(光文社新書)を読んだ。1990年、男と女の関係を一変させるような論文が「ネイチャー」誌に発表された。ヒトの男性化を決定する「SRY遺伝子」の発見だ。それは、生命の基本仕様が(男)ではなく(女)であることも意味した。男は基本仕様から外れた「できそこない」であるがゆえに、生物学的に女より死にやすい。「弱きもの、汝の名は男なり」と福岡さんは書く。
「草食系男子」という言葉も最近よく聞く。ギラギラの欲望むき出しでなく、万事に淡泊で、女性寄りの感性を持つ男性を指すようだ。車が売れなくなった理由は、若い男性の「草食化」が一因という説もある。男性がどんどん優しく、か弱くなっていくことを嘆く人も多いだろうが、実は生物としての必然?という気もしてくる。
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福岡さんに「ブラをする男をどう思いますか」と聞いてみると、うーんとうなって、「アダムからイブが生まれたという神話が生物学的に崩壊して、男は威張れる根拠を失った。一方、生物としての男は女に『承認されたい』という欲望から逃れられない。男がブラを着けて癒やされる心理は、それと関係あるのかもしれません」。
ブラ歴40年という古強者の男性にも会った。「メンズブラがどんなに売れても、社会的に認められることはあり得ないでしょう」。ネクタイをびしっと締めたその人は、まさに草食動物を思わせる穏やかさで言った。「でも私たちは、自分の中の女性的な部分を大事にしたいと思っているんですよ」
←記事で引用されている「ブラジャーをする男たちとしない女」
新水社、¥1400+税
この文章は、読売新聞、12月9日付朝刊に載った記事だ。
この記事中で引用されている 、青山まり著「ブラジャーをする男たちとしない女」の本には、実は、私も一文を書かせていただいていることもあって、たいへんに興味深く読んだ記事だった。
「ブラジャーをする男たちとしない女」の本は、中心は、ブラジャーを着けて会社に行くという男性の体験談や心の内の吐露を中心に編まれている。それ以外には、評論家の宮崎哲弥氏、精神科医の香山リカ氏、そして私(宮崎留美子)の3人が、それぞれコメントの文章も載っているという体裁となっている本だ。
2005年3月の発売なので、もう4年近く前になるわけだが、ここにきて、メンズブラジャーが売り出されてヒットしているということで、ブラジャーという下着アイテムが、決して、女性の胸をつつむだけのものではないこと、そして、下着には、たんに体をつつむという実用面だけではなく、気分に影響を与える効果があることが、あらためて確認されたということではないだろうか。
下着が気持ちに変化を与えるというのは、これまでは、女性側のこととしては、とりたてて騒ぎ立てることではなかった。かわいい花柄のショーツを穿いているときの気分、白いブラジャーと黒いブラジャーとでの気分のちがい。いやいや、勝負下着などという言葉もあったではないか。レースの高級なランジェリーを身につけたときの、なんとなくラグジュアリーな気分は、けっこう多くの女性が経験しているのではないだろうか。
女性のそれとはちがって、男性の下着は機能本位でいい、なんていうのは、私たちの社会が「男はかくかく、女はしかじかあるべき」というジェンダーが生み出した仮想的なことにすぎないということが、あらためて確認されたということではないだろうか。男だって、身につける下着で、気分は多様に変わるものであるということであって、その点は、女性とかわりはないということを再確認しただけのことだ。
男性が化粧するなんておかしいとか、かわいい下着なんて変だとか、そんなのは、男はそういうことに気をとられてはならないというような、社会がつくりだしたジェンダーにしかすぎないことが、ここにきて、やっとわかりだしたということではないだろうか。
メンズブラジャーが、通販ですごくヒットしているのは、べつにおかしな現象ではないと思う。胸をブラジャーでつつむことを心地よく感じることがあっても少しもおかしくはないと、私は思う。