No.105 自国に誇りを持つということは加害の歴史も直視すること
               


 2006年9月12日に放送された、人気バラエティ番組「あいのり」のなかのシーンに、あいのりのメンバーがポーランドにあるアウシュビッツ強制収容所を訪れ、自国のドイツではなく隣のポーランドだというのに、多くのドイツの若者がアウシュビッツを訪れ、自分たちの過去の人たちがやった犯罪をしっかりとみすえようとしているところがあった。
 被害者としての自分たちの国を見るのは、たいして勇気はいらない。しかし、加害者、それも歴史に類を見ない加害の状態を直視していこうというドイツの若者と、それを後押ししているドイツ社会のありようには、私たち日本も大いに学ぶべきだと思った。
 自虐史観などとわめき、自分たちの過去の加害のあり方を直視しようとする教育を攻撃する人たちには、ドイツ社会の真摯さとドイツの若者たちのありようの爪の垢でも煎じて飲ませたいほどだ。
 自国に誇りを持つようになるということは、自国の歴史をしっかりと見据え、加害者としての自国があったならば、その事実から学んでいくプロセスを持つことにある。自国の輝かしいことばかりを教えることが、自分たちの国に誇りを持てるようになることではない。この点を、自虐史観と攻撃するする人たちにはしっかりと認識してもらいたい。


 アウシュビッツ。それは、第2次世界大戦のころ、ナチス・ドイツがユダヤ人を中心として、政治犯や性的少数者などもあわせて、150万人を虐殺したとされる強制収容所の名称だ。
 ドイツが行った行為ということで、ドイツ国内にあると考えている人もけっこういるみたいだが、正解はポーランドにつくられた強制収容所である。高校ではどの程度アウシュビッツのことを教わっているかははなはだ心許ない。私に関して言うと、この数年は、ユダヤ人虐殺とアウシュビッツのことをしっかりと教えるようにしているのだが、政治経済や現代社会の教科書にはほんの少しの記述しかないというのが実状ということもあって、どこにつくられていたかを正確に答えられる高校生はとても少ない。あとで紹介する、人気バラエティテレビ番組の「あいのり」のメンバーも、ドイツにあると思っていたらしい。

←ガス室で殺したあと死体を焼く焼却炉
 アウシュビッツ強制収容所がつくられた場所は、オフィシエンチムというところ。ポーランドの南部、ポーランド第2の都市クラクフ(ここは中心部が歴史地区として世界遺産に登録されている→私のホームページ「世界遺産」のコーナーを参照)からバスで2時間あまり乗ったところにある。スロバキアとの国境も遠くはない。第2次大戦中、ここにユダヤ人絶滅収容所ともいうべきアウシュビッツ強制収容所がつくられたのだった。
 2004年夏、私はこの場所を訪れ、民族絶滅・ホロコーストの生々しい「跡」を見てきた。そのときから60年以上たっているのだが、今でも、その当時の様子を伝える「跡」が保存されている。人類が侵した負の遺産を、ポーランド国立アウシュビッツ博物館として保存し後世に伝えていこうということで、ユネスコの世界遺産リストにも登録されている。(アウシュビッツ博物館を訪れた写真は、私のホームページのエッセイNo78を参照)

←アウシュビッツに送られてきたユダヤ人は、健康で働ける者は残し、そうではない人はガス室に入れチクロンBという青酸性のガスで殺した.そのガス室跡.
 人気バラエティ番組「あいのり」で、ここを訪れたときの映像が放送された(2006年9月12日)。そのなかで、アウシュビッツを多くのドイツの若者が訪れているシーンが流され、また、アウシュビッツでガイドのボランティアをしているドイツの若者と、あいのりのメンバーとの交流シーンがあった。
 残念ながら、あいのりのメンバーの質問は、どうも、アウシュビッツで行われた虐殺を、日本にはかかわりのない客観的なことがらとしてとらえているニュアンスがあったが、これは、日本の教育が、自分たちが戦争の加害者であった事実をしっかりと教えていっていないということとも関係していると思われる。ここで、私は、あいのりのメンバー側を非難するつもりは全くない。むしろ私も、日本の高校教育に携わる者としてそういった責任の一端を担う側にいるということもある。あいのりのメンバーのような若者を非難するのではなく、日本も近隣諸国の人たちに対して虐殺行為を行っていたという加害者としての歴史事実を、私たち教員が十分に行ってこなかったということの自責の念をまずはもちたいと思っている。
 ポーランドはドイツと地続きで隣国ということもあるのだろうが、あいのりに出てきたシーンには、大勢のドイツの若者が、アウシュビッツを訪問しているシーンが映し出されていた。アウシュビッツ博物館で唯一の日本人ガイドである中谷さんが語っていたことも放映されていた。
ドイツの首都ベルリンからポーランドのワルシャワまで特急で5時間、ワルシャワからクラクフまで列車で4時間、クラクフからアウシュビッツまでバスで2時間、決して手軽に行けるという場所ではない.日本軍が中国人の多くを殺害したという南京虐殺の南京まで行くよりはいくぶんかは行きやすいかもしれないが. 


人気バラエティ番組「あいのり」で、ドイツの若者とあいのりのメンバーが交流したときのシーン


【アウシュビッツでガイドをやっている唯一の日本人・中谷さんの説明
・・・・1
 こうやってみなさんの前を歩いてくる彼らはみんなドイツの人なの。本当にみんな勇気をもって、こうやってなんか、ドイツが中心になってこんなことやっちゃったのだけど、本当にそれを見てみようという人たちがたくさん来るんですよね。

【あいのりのメンバーの1人(日本人)】
 ドイツ人のあなたがたに聞くのは酷かもしれないんですけれど、アウシュビッツの一連の事件について、ドイツ人であるあなたたちはどう思われていますか?

【アウシュビッツでガイドのボランティアをしている若者(ドイツ人)・・・・2,3,4
 私たちと同じ言葉を話して同じ音楽を楽しんでいる人々が、どうしてあんな酷いことをしたのかわかりません。だけどこの罪は、私たち若い世代も背負っていかなくてはならないと思います。
 歴史を忘れたら人間はまた同じことを繰り返すかもしれません。歴史を風化させないために私たち若い世代が努力しないといけないと思います。


←1ブロックに1人ではない.8人が詰め込まれたベッドだった.ワラをひいて寝ていたという.

 過去に、自分たちの国が想像を絶する酷いことをやったというその歴史の「跡」を見ることは愉快なことではない。過去の世代の人たちではあるとはいえ、同じ国の人たちの罪をつきつけられるのは苦しいことでもある。それでも、中谷さんの言葉を借りれば、ドイツの若者たちは「本当にみんな勇気をもって」見学しにきている。
 過去に目を閉ざさず、自分たちの国の歴史にしっかりと目を向ける。そういった教育が、ドイツではしっかりと行なわれているという証左だと思う。
 ひるがえって、日本はどうだろうか。
 日本軍が中国の民間人を虐殺した事実が厳然としてあり、そういった戦争をすすめていった戦争犯罪人を祀っている靖国神社に参拝に行く総理大臣が、国民のなかでけっこうな人気を誇ってきた。ドイツで、ナチスの戦争犯罪人を多少とも擁護しようものなら、その人は政界にいることはできないぐらいに非難を受ける。
 また、言論人のなかにも、戦争犯罪人について、欧米列強の侵略からアジアを救おうという目的があったなどと、侵略を否定して貂として恥じない発言をする人たちもいる。南京虐殺(この人たちは南京事件と呼んでいる)での死者数が20万人というのはでっち上げだ、1万人がせいぜいだなどの発言をする言論人もいる。
 後世になって、死者数を確定することなど容易なことではない。ひょっとしたら20万人という数字がちがっているということもありうるかもしれない。でも逆に、1万人という確たる証拠があるわけでもない。ことは数字の問題ではないはずなのに、数字がデタラメだということを言いつのり、南京虐殺じたいを「なかったこと」として隠してしまおうという意図があるのではないかと、否定したがる言論人を疑ってしまう。
 百歩譲ったとしても、1万人を殺害したのであれば、虐殺が行われた事実にはかわりはない。南京への攻撃を命令した戦争責任者が断罪されても当然である。
 中国へ出征した兵士による手記を集めた『三光』という書籍に書かれていたことだが、日本軍で、古参兵が新兵を教育するとして(人殺しを平気でやれるようにする教育)、中国人の妊婦のお腹をかき割って、お腹のなかの胎児を取り出し、「この中国のガキが、将来、日本に逆らうようになるのだ」とわめいたシーンなどは、どう考えても、虐殺以外のなにものでもない。日本軍はそれをやったのだ。ナチスのように600万人のユダヤ人を虐殺していったというまでのすさまじさではなかったにしても、それでも侵略者による虐殺があったのは、その当事者の日本の兵士が語っているのだから嘘だとはいえまい。
 こういった、日本が隣国に行った侵略と虐殺の事実を、日本の中・高校生はちゃんと教わっているだろうか。また、そういった過去の自国の負の歴史を積極的に語っていっているだろうか。日本から南京にはなかなか行きにくいかもしれないが、若者が、日本が侵した殺害の「跡」を見学に行っているだろうか。ドイツでは、相当数の若者が、隣国のポーランドを訪れ、その若者のなかには、ボランティアでガイドをつとめる人たちもいるというのに。
 日本の負の歴史ばかりを教えていたら、日本を愛せない若者を多く生み出すなどといって、そういったことを教える歴史観を「自虐史観」などといって攻撃する政治家や言論人、学者がいる。とんでもない思い違いか、意図的に言っているとしたら、むしろ犯罪的であるとすらもいえるだろうと思う。
 ドイツで、しっかりとユダヤ人虐殺を教えてきていることがらは、自国を愛せない若者を生み出しているだろうか? 私は全く逆だと思う。
 どこの国でも、手が汚れていないところはない。ユダヤ人だってそうだ。ナチス・ドイツ下ではユダヤ人は虐殺される被害者の側だった。しかし、現在のユダヤ人国家であるイスラエルはどうだろうか。隣国への執拗な爆撃など、今度はユダヤ人自らが、隣国のアラブ人やパレスチナの人たちを殺害してしまっている。ユダヤ人も大いに「手が汚れている」人たちだ。中国人はどうか。ベトナムと中国との対立で、ベトナムに侵攻した事実があったのではないか。他国の領土に踏みいったということは、これは侵略だ。中国も侵略行為を行っている。彼らの手も決してきれいではない。北朝鮮は、平和裡に生活していたところに全く非合法で入ってきて、拉致という「侵略行為」を行った。第2次大戦までは、北朝鮮地域も日本軍が侵略し植民地化していたところで、日本の側が手が汚れていたのだが、第2次大戦後、とくに1970年代に、拉致という手を汚すことを行っている。
 きれいな手を持つ国家など、そんなに存在するわけではない。
 大事なのは、手を汚した過去があったとき、その歴史をちゃんと後世の若者に伝え、自国の非をしっかりと見据えていける国であるかどうかということではないのだろうか。負の遺産でもちゃんと見据え、歴史を直視していける国家で育つ若者は、自国のことをちゃんと愛する人間に育っていくはずだ。数多くアウシュビッツに訪れるドイツの若者が、ドイツを愛していないなどということはないだろう。あいのりのメンバーと交流したドイツの若者が「歴史を忘れたら人間はまた同じことを繰り返すかもしれません。歴史を風化させないために私たち若い世代が努力しないといけないと思います」と語っているように、ドイツが世界のなかで信頼される国としてやっていけるように、自分たちはどのようにすればいいのかをしっかりと考えていっていると受けとめるべきではないだろうか。
 ドイツは、EU(ヨーロッパ連合)のなかでも信頼がおける国として育っている。ドイツが侵略したフランスとの関係は全然悪くない。ポーランドとも信頼関係を回復している。ひるがえって、日本はどうだろうか。隣国である中国や韓国との関係は、政治場面では冷えた状況にある。
 日本が加害者として隣国を侵略した負の歴史をしっかりと教えることを「自虐史観」などといって罵倒することなく、また、日本が侵略を行ってきた近代史で、負の部分を隠そうとし、侵略性をあいまいにするような教え方ではなく、ドイツが行っているように、負のことがらも逃げることなくしっかりと見据えていこうという努力、そして、手の汚れをはっきりと伝えていく行為こそが、「過去に目を閉ざさず、美しいところばかりを見るのではなく、負の部分も見据えていける立派な国」だと自信をもてる若者を生み出していけるのではないだろうか。「美しい国」とは、過去に目を閉ざすことがない国づくりだとも言い換えてもいいと、私は思う。すばらしさを言いつのることが、国に誇りをもてるようにすることではない。負の部分を見据えるのは勇気がいる。しかし、その勇気をもてる国こそが「美しい国」なのだと思う。
 あいのりの番組をたまたま見て、そして、私自身がアウシュビッツを訪問したこととも重ねあわせて、そんなことを感じたのだった。