No.103 ニューハーフの人たちの文化とGID
               〜岐阜・柳ヶ瀬にある〈シーラカンス〉での人間模様〜


※「シーラカンス」の住所は、岐阜市銀町7 第1池田ビル2F、 電話番号は 058-264-8585
岐阜方面にお住まいの方は、ぜひ訪問してみてください.楽しいお店ですよ.女性客もたくさんいます.その際「宮崎留美子のホームページで見た」と言ってくだされば、ママもきっと歓迎してくれると思います.

 2006年春、青春18きっぷを使って岐阜を訪れました.3年ぶりに「シーラカンス」のお店を訪れ、トランスジェンダーの私の原点に大きな影響を与えてくださったママにも再会しました.そこで織りなした人間模様から、現在のGID運動が、決して、性を変えて生きていこうとする人たちを代表しているわけではないということを感じたのです.このお店での写真とともに、エッセイをまとめてみました.どうぞお読みください.  ※写真はCanon Kiss Digital N で撮影しています


 岐阜・柳ヶ瀬にあるニューハーフのスナック「シーラカンス」は、開店後1時間もすると、お客でいっぱいになっていく。
 この日も団体さんが見えられて、従業員のニューハーフと一緒に、大いに盛り上がっていた。
 差別や偏見をなくすプロセスは、人権をかかげてのプロテストだけではない。こういった日々の場面も、それぞれの理解を深めていくことにつながる。
 シーラカンスの店内では「おかま」「ホモ」の言葉が普通に使われている。しかしそのなかで、偏見や差別をなくしていく営みは築かれている。言葉の問題ではないのだ。

 前世紀末(90年代末)以降、性同一性障害という言葉が一般的に知られるようになり、親にも友人にも言えず自分だけで悶々と悩んできた時代から考えると、「自分は逆の性で生きたいのだ」と語り始めた人たちが出てきたことは、決して小さなことではない。「自分は逆の性で生きる」ための生活で、ニューハーフや「おなべ」といった接客業(水商売)に就く以外になかった時代と比べると、まだまだわずかばかりの開放ではあるとはいえ、接客業ではない「普通の仕事」※※に従事する当事者もでてきたことは、けっこう大きな進歩でもあると思っている。
※Gender Identity Disorders.略称GID.GIDという単語が一般の社会のなかで使われている事例は、海外ではほとんどない.
※※こう書くと「水商売」は普通の仕事ではないように聞こえるが、私は、何も変わるところがない普通の仕事のひとつだと思っている.飲食店のホステスやホスト的な接客業をグルーピングして表す適当な言葉が見つからないため、一応の言葉として括弧付きで記させていただく.
 そのことをふまえたとしても、それでも、最近の流れは大きな問題点を含んでいると言いたいと思う。
 性同一性障害を持つ人たちといういい方が一般的な用語になっているということは、実はおかしな傾向で、日本の独特の言い方でもあって、他の国では、当事者が自分たちを指し示す言葉として「性同一性障害を持つ人たち」とはまずは言わない。国によっていい方にもちがいはあるが、トランスジェンダーだとかトランスセクシュアル。レディボーイ(逆はトムボーイ)といういい方をしているところもある。シーメールといういい方の場合もあるだろう。しかし、性同一性障害という用語が一般的に使われることはほとんどない。この言葉は、医療関係者のなかで使用されるまさに医学用語の範囲で使われているといってもよい。日本の場合には、この言葉を、医療関係者以外の人たちの間でも多く使われているところに、世界的にみると奇異さがある。この間、日本での運動を進めてきた人たちは、自分たちがより幸せになれるように、そして人権が保障される方向にとの思いでやっているだけに、問題点の所在に無頓着になっている嫌いがある。善意で運動をすすめているだけに、そういった人たちの運動に苦言を呈することはなかなか言い出しにくいということもあった。

 智子さんがトランス(ありていに言えば女装ということ)を始めだしてから45年になる。この5,6年、GIDの単語とともに運動を行っている人たちより、ずっとずっと昔から、自分の体の性別とは逆の性で生きることをもとめてきた人だ。自分たちの文化もつくってきて、また、同じような人たちとのネットワークももっている方だ。マスコミで報道されるGIDの名称とともに活動している人たちよりも、はるかに奥が深い体験をしてきた人だともいえる。
 しかし、この方は体を変えているわけではない。「女装」という外見を女性の姿にするという技やしぐさなどを磨くことで、女性としての自分を持ち、自己の性別違和感を緩和することをもとめてきた方だ。
 実は、こういったタイプの人は、年配の当事者はかなり多い。今どきの若い人たちのように、「性別違和感→精神科医→性同一性障害の診断→ホルモン投与や性転換手術」といったコースにすすむのではなく、自分の性別違和感を、体に手を加えることなくなんとかして緩和する生き方をしてきた人はかなりいた。性転換手術をして戸籍を変えて「女性になる」という、ある意味では安易な道をすすむのではなく、戸籍は男性のままであり、日常生活は男性として生活していて、しかし、女性としての時間をしっかりとつくっていくといった〈男ときどき女〉ならぬ〈男しばしば女〉というライフスタイルをもっている人はかなりいた。
 智子さんもそうだった。とはいえ、男性と結婚生活もなさっている(もっとも法的には無理なので同棲生活ということになるのだが)。夫ともいうべき男性が働いてきて、給料袋を智子さんに渡す(今は振り込みだろうけれど)。智子さんは、そのお金をやりくりして専業主婦として家事を続けてきたという。このお店に出勤する週末は、夫が食べる食事を用意してきてから出かけてくるという。精神科医に行ったわけではないわけで、彼女が自分のことを性同一性障害だとアイデントファイしているわけではないが、かといって、そういった人たち根本的にちがっているわけではない。たいしてちがわないのに「あの人たちとはちがう」と言うようなGIDの一部の人たちの動向は困ったことだ。

 

 左側の写真は、現在の、岐阜・柳ヶ瀬にある「シーラカンス」でのママの写真。
 右側の写真は、今から30年近く前、ママが経営していた札幌のゴールデンKの店内で撮った写真です。
 当時の私って、けっこう脚が細かったのですね。また、今と比べるとやせていて・・・・
 大学に入り立て頃の写真だと思います。

 今から30年近く前になるだろうか。九州から遠く離れた札幌市にある某国立大に通い始めたとき、親元を離れた私は、自室で女装したり、女装してひとりで街を歩くだけでは自分の性別違和感を緩和できなかった。ニューハーフの世界に無知だったことが無謀ともいえる行動を起こさせた。
 右のママさんが経営する札幌のニューハーフのお店である「
ゴールデンK」の扉を開けた。「ここでアルバイトさせてほしい」と申し出たのだ。ママは2つ返事でOKを出してくれた。当時、なかなか理解されない私たちに、少しでも手をさしのべようとする当事者としての気持ちだったのかもしれない。ママの名前は「けいこ」さんである。
 ママは、カルーセル麻紀さんと同じ頃の方で、一緒にショーまわりもやったという。今、いろいろな地域で老舗と言われるニューハーフのお店を経営する人たちのほとんどとかなりの知己があるようだ。日本の重鎮のニューハーフとも同じ仲間どうしである。ニューハーフというわけではないが、あの美川憲一さんも、今のお店を訪れている。札幌では、ゴールデンKに訪れたカルーセル麻紀さんと、私も会ったことがある。
 東京で高校教員になったため、私は札幌を離れた。ほどなくして、ママも札幌のお店を閉じたようだった。その後、20年以上も、ママとは音信不通であり、どこでなにをなさっているのかわからなかった。たまたま、
マキさんというニューハーフの方とトークライブする機会があって、この方からママの消息を聞いたのが、ママに再会する機会となった。(ちなみに、マキさんはホームページをもっていらっしゃるので、マキさんの文字をクリックしてもらうとリンクします)
 
現在は、岐阜の柳ヶ瀬で「シーラカンス」というお店を経営されている。


 同性愛者やトランスジェンダーのことを「性と人権」の問題として性教育のなかでとりあげていこうという人たちもでてきた。たいへんに望ましいことだと思っているのだが、一方では陥穽がありはしないかと思うこともある。
※ここでは、性同一性障害を含めていくつかの呼称がなされている「自己の性別に違和感を抱き、いろいろなあり方はあっても逆の性で生きることを欲する人たち」のことを総称して、トランスジェンダーという呼称を使う
 一例をだそう。
 「おかま」とか「ホモ」という言葉は、その当事者を侮蔑しおとしめる言葉だから、そういう言葉を使うのはよくないことだ。性と人権の観点から授業実践をしていこうという人たちがなるほどだと納得する論理でもあり、性教育の研究会などでは、性教育にまじめにとりくむ人たちであるほどうなずいてしまう論理になっている。「自分たちは、おかまやホモという言葉で揶揄されてきた。こういった言葉を聞くと体が震える」などとの話を当事者から切々に語られると、「そういう言葉を使うのはよくないこと」だという論理を後押しする「当事者の生の言葉」としての意味ももってくることになる。
 私が「陥穽がありはしないか」と言っているのはまさにこういった場面にある。
 その人にとって「こういった言葉を聞くと体が震える」ということが本当であったとしても、その人は当事者の一人であって、当事者全体の意識を代表しているわけではないことがなかなか見えてこない。こと性にかかわっての人権の問題となると、たとえば、部落差別の問題を横引きすればすむというわけにはいかない。部落差別のことでは、侮蔑し差別する言葉というと「エタ」などの言葉があるが、当事者にこの言葉が投げかけられたとき、侮蔑し差別する局面ではないということはほとんどなかったと思われる。ところが、同性愛者やトランスジェンダーの問題となると、 「おかま」や「ホモ」といった用語は、それが、侮蔑や差別の局面で使われているとはかぎらないこともまた多くあるという、特有の面をもっているということ。・・・・ややこしい話ですが、もう少し我慢して読んでください

 フィリピン人のアラさん(左)はシーラカンスに勤めてからかなりなる。1年もたてば人が入れ替わることも多いこの仕事を考えると、もはや古参のベテランといってもいい。胸を膨らませる手術はしているが性器を変えているわけではない。女性として生きていこうということが、すぐに、性同一性障害で性転換というコースとなるわけではない。
 JUNさん(右)はやはり若いだけあって、古くからのベテランのニューハーフとはちがったコースを歩んでいる。造膣手術までは行っていないが、去勢、いわゆる「玉抜き」をやっている。業界用語でいう「玉なし竿あり」というタイプだ。精神科医で性同一性障害の診断をもらって「玉抜き」を行ったかというと、そうではない。
 精神神経学会がつくったガイドラインでは、性同一性障害の診断を受け、さらに、別の精神科医からのセカンドオピニオンを受け、別の性で実際に暮らしていくというリアルライフテストを行ってから、性別適合手術と呼ぶいわゆる性転換手術を行うことになっているが、このコースですすんでいるわけではない人たちはかなりいる。精神科医にかなりの回数通って性同一性障害の診断を受けることが「玉抜き」の前提条件となっているわけではない。施術する医師が「玉抜き」を行う必要があると判断したら、そのところで手術が行われることはけっこうあるのが現実だ。ガイドライン外での手術だという人もいたり、ヤミの手術だという人もいるが、ヤミでもなんでもない。ガイドラインはもともと手術を行う医師側を、それに賛同する医師によって守られるものであって、賛同しない医師にとってはガイドラインは関係ない。医師が、自分の医師としての倫理観と診断にもとづいて行う診療は、どれが合法でどれがヤミなどということはない。
 接客業に従事するニューハーフは、かなりの確率で、ガイドラインとは別のコースで手術を行っているというケースが多い。造膣手術を行うときにはタイの医療機関で行うというコースも、今では知れ渡っている。
 もちろん、日本の医療機関で、精神科医のセカンドオピニオンまで受けて、十分な時間と慎重さをかけて手術を行いたいという人がいてもいい。いったん手術したら元にはもどれないわけだから、十分な慎重さをプロセスにおくという考え方は、それも十分に納得できる考え方だろう。しかし、そういうコースをとらないでいきたいという人がいても、それはそれでかまわない。造膣手術になる場合は、日本とは比較にならないぐらいの手術件数があるタイの整形外科医の方が技術的にも上だという話もある。要は自己責任で自分の進む方向を決定しなければならないということ。あともどりはできないのだから、自分の心をよく見据えて、どういう生き方を選ぶかを選択してほしいと思う。
 性別違和感があり別の性で生きたいというとき、決して、性転換手術を行い、四六時中「女性」として生きていかなければならないというわけではない。上の方で紹介した智子さんのように、「男ときどき女」ならぬ「男しばしば女」という生き方だって少しもおかしくはない。性転換して四六時中を「女性」として生きていく人たちと、「男ときどき女」「男しばしば女」の人たちとは生き方やその人の考え方のちがいであって、簡単に、性別違和感の強弱の問題にすり替えない方がいいだろう。この2、3年の間にあれよあれよという間に性転換した人たちと、性転換せずして45年間も女性として生きる時間を確保してきた智子さんとで、どちらに強弱があるのかということを問うこと自体がナンセンスな問いではないだろうか。それぞれは、生き方や自己と向きあうときの考え方のちがいであるのだ。

 とくにトランスジェンダーの場合は、何十年も前から、接客業(水商売)で生きてきた人たちが多く、就く職業が多様化しつつあるとはいっても、今でも接客業(水商売)に就く当事者がかなりいて、そういった世界で普通に通用している言葉や文化がある。その一方で、もっぱら「普通の仕事」に就き、立法や施策へ当事者の声を反映させることを運動としてすすめていく人たちがいて、こういった人たちの言葉や文化は、接客業(水商売)界でのそれとはかなり異なっているという二重性をもっていることをご存じだろうか。
 性教育などの場面には、「普通の仕事」に就き、立法や施策へ当事者の声を反映させる運動をしている人の声が届くことがほとんどだ。もっと言えば、そういった人たちだけの声しか届いていないともいえる。接客業(水商売)に就いている当事者の声が性教育の場に届くことはまずはないといってもいい。にもかかわらず、ネオン灯る夜の街では、性教育の場に届いた声とは別の言葉や文化が継承されたり生み出されたりしている。そして、そういった文化の広がりも、決して過小評価できない広がりをもっていることもあって、それゆえに文化の二重性が依然として存在し続けることになる。
 それぞれの2つの文化に住む人たちは、なかなか交流がない。たとえば、接客業(水商売)をやっていた人たちが学校の教員になるというような、住人の交流や交錯はなかなかありえない。そんな背景もあって、接客業(水商売)が培ってきた、彼女らなりの文化としての「差別や侮蔑を解消していくプロセス」を考慮したあり方を、性教育のなかに生かしていく道筋は、皆無といってよいほどだ。普通の仕事で語られる方向性と、接客業(水商売)で日々実践されている方向性とが、交じりあわないで別個に行われているのが現実だ。だから、相手側を考慮しないような実践が何の疑問もなく行われてしまうという悲劇が起こることもある。
 「おかま」とか「ホモ」という言葉は、その当事者を侮蔑しおとしめる言葉だから、そういう言葉を使うのはよくないことだ・・・・などと、この論理に疑問をはさむことなく生徒に教えていくとすると、接客業(水商売)の場で、全く普通に一般的に「おかま」や「ホモ」の語が使われているのを知ったとき、教わって生徒は頭が混乱してしまうのではないだろうか。
 このような場では、たとえば、男性同性愛者への呼称は「ゲイ」ではない。私が耳にしたほとんど100%ともいえる場で使われている用語は「ホモ」なのだ。女性でありたいというトランスジェンダーを表す語は「おかま」なのである。
 「おかま」という語が、MTF(男性から女性への)トランスジェンダーのみならず、男性同性愛者、はたまた、男らしさから外れた男性を指し示すときにも使われるというのは、これは、性教育研究者の学問上の解説でしかない。ニューハーフのお店という接客業(水商売)の場では、私のような人たちが「おかま」であり、男性同性愛者は「ホモ」なのである。単語は、現にこのように使用されている。
 別に、「おかま」「ホモ」の人たちを侮蔑して使っているわけではない。親しみや共生の理解のなかでも、普通に「おかま」「ホモ」が使われている。「おかま」とか「ホモ」という言葉は、その当事者を侮蔑しおとしめる言葉だから、そういう言葉を使うのはよくないことなどという説教文句は、こういった場では全く空疎なのだ。
 なのに、性教育の場では、マイノリティの人たちに理解的に接しようとする人ほど、「おかまやホモの言葉を使うのはよくない」と語ることがしばしばある。語る人は全く善意で話しているわけで、だからこそ、ここに困った二重性が存在しているともいえる。この背景には、トランスジェンダーを含めて「おかま」「ホモ」の人たち、ことに「おかま」の人たちの多くが接客業(水商売)に従事していたにもかかわらず、そういった人たちの声が反映されないところで性教育がすすんでいったという、相互交流のなさということがあるのだと思っている。
 職業は多様化したとはいえ(そのことはいいことだけど)、まだまだ接客業(水商売)にかなりの当事者が就いている以上、彼女たちの意識や文化を、性教育当事者はもっともっと知っていかなければならないのではないだろうか。
 私は、学生時代4年間にわたって、ニューハーフとしてお店に出ていた経験をもっている。当時は、大学生でニューハーフをやっているという人はほとんどいなかったようだが、たまたま、私がそのような役回りの運命にあったのか、ニューハーフをやっていて、一方で教員免許を取得し、今現在、高校教員になるという道を歩むことになった。接客業(水商売)の文化や意識もある程度わかり、また、普通の仕事に就く人たちがすすめる運動の論理も知る立場におかれたことで、両者の架け橋となって2つの世界が乖離した「困った二重性」を少しでも解消できればいいかなと思っている。

 喫茶「うすずみ」のママさん。シーラカンスの常連のお客さんです。シーラカンスのママは、人と人とのつながりを心憎いほどに大切にしています。うすずみのママさんもシーラカンスのママさんも、ともにインターネットとかパソコンなどは扱えません。確かに今はインターネットが席巻する時代であり、それを利用したビジネスが急伸しているのも事実ですが、リアルの場でのひとつひとつのつながりを大切にする人間関係をつくっていくことは、それ以上に大切なことかもしれません。過日の賑わいをなくしたという柳ヶ瀬でも、シーラカンスのお店は賑わっていました。こういった関係性のなかから、偏見をなくしていくという営みのひとつが育っていくと思うのです。
 そして、「うすずみ」も、朝早いのに、モーニングコーヒーをもとめてやってくるお客さんがたくさんいました。
 ちなみに、「うすずみ」というのは、日本の三大桜のひとつである、岐阜の薄墨桜からとった名称とのこと。風流ですね。

 私が、シーラカンスのママが30年前に経営していた札幌のニューハーフのお店である「ゴールデンK」でアルバイトしていたとき、お客さんの多くは男性客でした。
 男性客がニューハーフとの語らいをもとめてやってくるというパターンがほとんどでした。しかし今では、こういったお店にやってくる客層は、女性がかなり多いのです。男性と女性の比率が1:9ということも十分にありえるぐらいの女性客の多さです。この日はたまたま男性客を中心とする団体さんがいましたので、男性客も多い状態でしたが、以前にうかがったときには女性客がほとんどだったことを思い出します。
 この30年の間に、接客業ではない普通の仕事をしている女性が、夜のお店で飲むことが普通にできるようになったこと、女性の経済的な力がついてきたこと、などがあるのでしょう。そういえば、この30年は、女性の力が大きく伸張してきた時代でした。