No.93 これから「暗黒の10年」が始まるのか
夕刊紙の日刊ゲンダイに「これからこの国の暗黒の10年が必ず始まる」との見出しが書かれていた。自民党単独で296議席、公明党と合わせた与党全体では、衆議院全議席3分の2を超える327議席を獲得したことへの衝撃の危惧だ。3分の2は憲法だって変えられるというすさまじい数である(もっとも、憲法の場合には参議院も3分の2が必要だが)。かつて、アメリカの映画監督のマイケル・ムーアは、ブッシュ政治に対して「僕は4年どころか4分だって待てない」と言っていたが、10年かどうかはともかく、まちがいなく4年は暗黒の時代がつづくかと思うとうんざりしてしまう。
今回は、無党派のとりわけ若年層の票が、小泉自民党に流れたと分析されている。「自民党に投票した若年層はその悪い報いで酷い目に遭うだろう」と警鐘を鳴らすのは日刊ゲンダイ紙(9月13日付)だが、私も、そういった若者たちは、自分で自分のクビを締める投票行動をしたとしか思えない。
朝日新聞(9月12日付夕刊)で、辛淑玉さんはこう述べている。
「無党派層の多くは不況でもっとも打撃を受けている都市部の若者。高学歴にもかかわらず不安定な状況に置かれている彼らの中にはバーチャルなナショナリズムに酔いしれ、ネットでもマイノリティを攻撃する者も少なくない。小泉さんは彼らの憎しみを、不況でも身分が保障された公務員に向けさせた」
公務員は、いつもいい思いをしているのではなく、バブル期のような好況期には、民間企業に働く人で優雅にやっている人を、横目で見ながら生活せざるをえないときもあるということを見逃しているのだが、これは、バブルを経験したことがない若年層の人にとっては「知らない時代」のことゆえ、やむえないかもしれない。しかし、自分たちのクビを締めるということに思い至らないところに悲しさがある。
その地域の公務員の給与や待遇は、同じ地域の民間企業(とくに、大企業ではなく中小企業)に働く人の給与を決めるときの参考になっている。たとえば、私立学校の教員の給与は、その地域の公立の教員給与が参考になっている。公務員給与が、その地域の民間企業給与の羅針盤となる側面があることを知る若者は少ない。
公務員の処遇を低くさせることは、ひいては、自分たちをおとしめることにもつながるのだということをほとんど知らない。
民間の大企業で人事考課が入り年功序列が崩れていく。査定のなかで、同僚との底知れぬ競争に追い立てられていった。この流れは、「民間は当たり前にやっているから」という名目で公務員にも導入される。そうすると、その次にはどうなったか。
人事考課や査定がほとんどなかった温情経営の中小企業でも、「今や公務員も厳しい時代になったから」という理由で、その会社にも査定が入り、人件費抑制が進んでいく。一部の人は、査定によって給与が上がる人もいるだろう。しかし、多くの人は下がるのが普通だ。だって、全体の給与支払いを下げるわけだから、下がる人の方が圧倒的に多いのは当たり前ともいえる。
マイケル・ムーアが書いた『おい、ブッシュ、世界を返せ!』(発行:アーティストハウス、発売:角川書店)のなかで、なかなか的を得たことを書いている。
「どれだけ痛い目にあい、現実を思い知らされても、平均的アメリカ人はまだあの信念にしがみついているのだ。もしかしたら、もしかしたら、おれだって、あたしだって(たいていはおれだ)、一発当てられるかもしれないという信念に。だから金持ちを攻撃するのはやめておこう。だって、いつかおれが金持ちになるかもしれないんだから!」
「だけどみんな、もうそろそろ真実と向きあう必要がある。あなたが金持ちになることはない。そのチャンスは百万分の一しかないんだ。あなたは金持ちになれない」
「未来はそんなに暗くないと思う人も多いだろう。大変かもしれないけれど、なんとか生き延びるさと。自分はなんとかこの狂った状況から逃れられる、いつかパイのひと切れにあずかれるという夢を捨てる気はないと。パイがまるごと手に入るかもしれないと信じている人もいるだろう。だけど、ここでニュースをお知らせしておきたい。あなたは皿を舐めることすらできないはずだ。世の中のシステムは少数者のためにできていて、そのリストにあなたの名前はない。いまも、将来も」
(参考)日本でコンピュータ関連の会社「株式会社アシスト」を経営するアメリカ人のビル・トッテンは、アメリカ型の弱肉強食を真似して、日本の企業が、日本的経営を忘れ、終身雇用をやめていくことに、強い警鐘を鳴らしている。リストラをして働く人を路頭に迷わせ、その結果として企業の業績をあげた経営者を高く評価することは、全くおかしいと述べている。政治が、富める者のみを優遇する政策を推し進めてきたアメリカの、その後追いをしている日本をみて、まったくばかげたことだと批判する。クビを切らない、終身雇用、社員は家族であるといった日本的な経営を捨てようとしていることに、強い批判をあびせている。 (参照 『日本人はアメリカにだまされている』ビル・トッテン著、ごま書房)
良識あるアメリカ人は、マイケル・ムーアのように、そして、ビル・トッテンのように、決して、弱肉強食、強い者がますます強くなるアメリカ型を「すばらしいモデル」だとは決して思っていない。
ここのところも、若い人は、よく知ってほしい。
小泉自民党がすすめようとしている「改革」は、役人天国をなくす、そのために民営化をというお題目で、競争社会をますます激烈にしていこうという方向なのだ。小泉さんはしたたかな政治家なので国民の前でははっきりとは言わないが、小泉さんを後ろ盾とした刺客で広島の選挙区から立候補したホリエモンは、なかなかはっきりとホンネを言う。彼は日本を次のようにしたいという。
「強い者が、より強くなれる社会にする」
小泉さんのいう「改革」の本質は、実はこれである。「小さな政府」をめざすということは、役人が大手を振って歩かないようにすることだと思わせられているのは、これは小泉マジックであって、規制をどんどん取り払って、民間企業が何でもできるようなシステムにするということである。民間企業は利潤追求の競争社会のなかにある。弱い者が切り捨てられるのは市場原理でやむをえないとなる。結果、勝ち残るのは、ごく少数の人にしかすぎないのだが、「自分も、その勝ち組のなかに入れるかも」という夢を見させることができるというマジックがある。
あなたは、ホリエモンにはなれないのだよ。
あなたは、六本木ヒルズで、ひと月の生活費に数百万円を使う身分にはなれないのだよ。このことに目覚めてほしい。
小泉「改革」は、弱者に手をさしのべる改革では全くない。ホリエモンがいみじくも言った「強い者がより強くなれる社会」をめざすということなのだ。
ただ、こう、モロに言ってしまったら(ホリエモンは正直に言うけれど)、入る票も入らなくなる。そこで、小さな政府をめざすということを「役人天国をなくす」ことなんだと言い換えて、目くらましをさせているということ。
確かに、役人だけが、人もうらやむいい思いをしているとなれば、リストラで苦しむ多くの人にとっては腹も立つだろう。でも、よく冷静にみてほしい。
いい思いをしている役人は、高級官僚と呼ばれているごく一部の人にしかすぎないということに気づいてほしい。マイケル・ムーアが言うように「世の中のシステムは少数者のためにできている」わけで、公務員全員がいい思いをしていたら、どれだけお金があっても足りはしない。
確かに、大阪市職員の厚生福利に腹を立てる人もいるだろう。私もやりすぎだとは思う。適正に是正することは大事だと思う。だけど、市の職員だって勤労者であるわけで、民間企業に働く人たちの平均値ぐらいの厚生福利水準までも「それはだめだ」と言うとすれば、足の引っ張りあいになってしまわないだろうか。
民間はピンからキリまであって、条件の悪い企業の人たちから見ると、平均値であっても「公務員優遇だ」とみえるだろう。一方、条件のいい企業の人たちは、自分の方が上であるため、口を閉じて何も言わない。「それぐらいの厚生福利は当たり前じゃないか」と弁護してくれることはない。そんなことを言ったら、自分たちに対して風当たりが強くなってしまう。かくして、「公務員は優遇」という声だけが大きく聞こえる結果となってしまう。
もう一度言う。
「公務員優遇」「役人天国をなくす」という理由で、民営化がすべてバラ色のように見せるのは、「強い者がより強くなれる社会」にすることを隠すための策略であるということ。
ちょっと思い出してほしい。
何年か前までは、医療費の本人負担は2割じゃなかっただろうか。その前は1割負担だった。ちょっと待てよ。健康保険は、本人負担がゼロのときもあったぞ。
預金利子は、15年前は、年間8%ぐらいのときもあったぞ。今はどうだ。少数点以下にさらにゼロがついて、もはや限りなくゼロ%。銀行が大損しているのであればゼロ%も納得しよう。だけど、銀行は空前の利益を出しているとも言っている。
一般の勤労者は、ますます窮屈になってきた。それがこの10年だ。
金持ちはどうだ。ずーーっと前は、所得税の最高税率が70%だったことは知っているだろうか。
「えーーっ、70%もとられるの、ヒドーイ」
心配する必要なし。あなたの所得に70%の税率がかかることはない。70%は、あなたが絶対といっていいほどに、なることができない金持ちだけの話である。
今は、最高税率は30%の後半まで下がっている。金持ちの税率は半分に下がっている。片や、私たちの税金は上がる一方。ひと月に、300万円の生活費を使う人が600万円の生活費を使えるようになったと考えよう。こういう人たちを、あなたは擁護したいだろうか。
1980年代は、上位20%と下位20%の人たちの所得水準の開きは10倍以内だったのが、今や168倍に広がっているという。アメリカでは、一般社員と経営者の所得格差が400倍だともいう(ちなみに、ヨーロッパは、10倍〜20倍程度でおさまっている)。この帰結がニューオーリンズの惨劇ではなかったのか。ハリケーンが近づいてくるとき、金持ちは車で逃げることができたのに、貧しい人たちが多く取り残されたという実態。
金持ちがより金持ちになることをすすめる社会。これが、民営化の本質であり「小さな政府」の実態なのである。
小さな政府は、政府による国民への監視を小さくすることなんかでは全くない。現に、個人の考え方や価値観を無視して、国旗や国歌を、国家権力の力によって強制しようとすることはますます大きくなっている。規制を減らし、末端の人たちの創意工夫にゆだねるということでは全くない。それが許される分野もないとはいわない。しかしそれは、強い者がますます強くなれる分野に限られている。
これからの暗黒の10年。強い者が大手を振って闊歩する社会。
それだけはいやだ。3分の2の議席を持っているといえども、傍若無人に振る舞うことを許すのではなく監視していきたい。
そして、若年層の人たちにぜい言いたい。
小泉「改革」で、痛みが押しつけられて打撃を受け、出口のないやりきれなさを感じているかもしれない。そのルサンチマンを公務員バッシングに向けるのは、必ず、回りまわって、自分たちの身に降りかかるということ。
郵便局の末端の公務員は、少しも優雅な待遇なのではない。過労による病気と隣りあわせになりながら働いている人たちであるということ。
ぜひ、もっと強い立場の人。ひと月の生活費が何百万もあるという人。そういう人に怒りをむけてほしい。