No.92 役人天国をなくすためには民営だというウソ
今、小さな政府はいいことじゃないか、民営化はバラ色だ(郵政民営化も含めて)、公務員はむちゃくちゃだから、それを減らせば役人天国から脱する・・・・なんの論理的な論証もなく、ただ、感情に訴えるという、ヒトラーがやったような手法で語られる。
ここには、実は、ものすごい嘘であったり、「隣の芝生は青く見える」式の思いこみを利用して、バッシング心をあおったりしているところが多くある。いくつか例をあげてみよう。
公務員は厚生福利がとても優遇されているという嘘がまことしやかに信じられている。確かに、大阪市職員のようなケースが全くなかったとは言わない。しかしそれを言うなら、民間企業でなされているむちゃくちゃさは、その比じゃないのではないのか。
バブルが崩壊したあとは、相対的に公務員が「よさそうに」みえて(全くの隣の芝生の色でしかないのだが)、そこにバッシングをかける声がでてくる。あーーあ、人間の嫉妬心というのはいやだねえ。ところが、バブルのときの、民間企業のむちゃくちゃさはどうだろう。もっとも、どの企業もそうだったというわけではなく、民間企業で働く末端の勤労者は、このむちゃくちゃさを享受できてはいなかった、とは思っているが。
銀座のクラブで、事実上は私用みたいな場面なのに、会社の接待費で落とす人がいなかったか? 社員旅行と称して、会社のカネで海外旅行をしていた企業はなかったか。これはなかなかずるい。一応は、社員は旅行費を積み立てる。しかし、その何倍ものお金が、会社から補助される。これが福利厚生として立派にまかり通っていた。
公務員はどうだろう。官僚のような高級公務員のことは知らない。ごく普通の一般の公務員のことなのだが、はっきり言おう。これは、天地神明にかけてもいい。私の場合だ。
ただの1回も、接待費のような名目で飲食費に使ったことはない。というか、1回たりとも、自分のカネ以外を飲食費に使ったことはない(個人間の驕りは別ですよ)。忘年会に補助金が出たことも1度もない。接待費でおいしいものを食べられる民間企業がうらやましかったこともあったぐらいだ。
←このホテルが、ツイン1室料金で3000円.2人で行けば1人あたり1500円.ある民間企業の福利厚生なのだが、公務員の厚生福利でこれほど条件がいいものはまずないだろう.
社員旅行のようなものはどうか。福利厚生はある。宿泊費にいくらかの補助金がつくことはある。しかし、海外旅行できるような多額では全くない。3000円程度の補助と思ってもらえばいい。あとは、ヨドバシカメラのポイントが2%ぐらい高いとかの特典がつくようなささやかな福利厚生はある。
しかし、こんなのは、民間企業がやっている厚生福利に比べると、実にちゃちなものだ。民間企業といってもいろいろとあるだろうが、とりたてて大企業というわけでもない、ある企業の例をだそう(企業名は伏せるが)。
その企業は、福利厚生として、いろいろなサービスを提供する会員制度を持っている。この会員制度はなかなかいい。海外のホテルの宿泊費などは最高だ。5つ星グレードのホテルで皇族も泊まったことがあるホテルが、ツイン1室で3000円だ。2人で旅行したとすると、1人あたり1500円。タイのホテルなので、もともと料金は安いのだが、それでも1500円というのは破格だ。こんな優雅な福利厚生は、私の職域では享受したことはない。ただ、その企業の福利厚生は、一定の範囲の親族まで適用されるので、実は、私は、その企業の福利厚生サービスである宿泊費の特典を利用させていただいているのだが。
私なんかからみると、民間企業がうらやましい。もっとも、これも、隣の芝生は青く見えるということかもしれないので、ねたむ心はみっともない。逆に、このような福利厚生を、どの民間企業でも、そして、公務員でも、勤労者であれば、誰でもが享受できる社会であってほしいと願う。
というふうに、末端の一般の公務員が「役人天国」などと、天国気分を味わっているわけでは、決してない。なのに、官僚などの高級公務員の「優遇ぶり」を、あたかも、公務員全体であるかのように錯覚させて、役人天国をやめさせるために「民営化だ」などと、人々の心を惑わしている。実に汚いやりくちだ。
公務員は、確かに、簡単に首にはならない。簡単にリストラされるわけではない。身分の保障はある。現在、リストラの嵐で、明日の身分が保障されない民間企業の人たちからみると「うらやましい」と思うかもしれない。しかし、「うらやましい」がバッシングにつながっていくとしたら、ここで、もう少し、論理的に考えてもらいたい。不当なこととか、人権侵害については、おおいにバッシングしてもかまわないが、そうではないことについてまで、感情でバッシングするのは、これは、ファシズムにも通ずる。
少し長いスパンで考えてもらいたい。えっ、喉元すぎれば熱さは忘れるって! そりゃ困る。熱さを忘れて、今の感情だけでバッシングされるのは、これはたまらない。
バブルのときを考えてもらいたい。民間企業の年収はどんどん上がっていった。もちろん、すべての企業がそうではないけれど。学生時代の私の同窓にも、銀行や損保、証券会社に勤めた人は何人もいる。当時の年収は、彼らは、優に、私の2倍はあった。ボーナスが年間で12ヶ月でるところもあった。12ヶ月ということは、給与の1年間分がそっくりボーナスになるということだ。
もちろん、民間企業の年収が上がれば、それにリンクして、人事院勧告っていう制度があって、民間の平均を調べて、その平均収入になるように、公務員給与への勧告が行われる。私の年収もあがった。でも、ほんのわずかなのだ。
なぜか。からくりがある。それは「平均」をもとにするからだ。どんなにバブルでも、企業のなかには業績が悪いところもある。銀行や損保、証券会社ばかりが企業ではない。そうなると、全体をならすと、ほんの少しのアップにしかならないということになる。だから、私は、バブルの恩恵など全く受けていない。景気のいい企業に勤めた同窓生をうらやましく思ったものだった。
さて、状況が一転して不況の時代に入る。企業のなかには倒産するところもでてくる。倒産しないために、すさまじいリストラがある。当然にも年収は大きく下がる。なのに、公務員はあまり下がらないじゃないか、下がっても数パーセントじゃないか・・・・と、こういう理屈だ。ちょっと待ってほしい。これも、実は、「平均」というカラクリが関係している。
今のような不況の時代でも、IT産業のある部分は、すごい業績を上げてもうけている。ライブドアのホリエモンが、六本木ヒルズで豪勢な暮らしをしているように、ぜいたくを享受している部門もあるわけだ。不況といっても、全部が全部ダメなのではなく、逆に、不況の時代だからこそ儲けている人たちもいるということ。となると、平均をとると、それほど年収がさがるわけではないということになる。平均とはそういうものなのだ。
←民間であれ公務員であれ、また、民間であれば、どこの企業の厚生福利であれ、この広さのツイン部屋に3000円で宿泊できる「リフレッシュの休暇の権利」を保証するべきだと思いませんか。アメリカみたいに、経営者の所得が、そこの企業の労働者の所得の400倍になるなんて馬鹿馬鹿しい経済のしくみにはなってほしくないものです(ちなみに、ヨーロッパは、格差は10数倍ぐらいだとされています).カネ持ちがますます金持ちになり、貧しい人は医療保険にすら入れないという「なんでも民間の競争原理にまかせる」という社会が、ぬくもりのある社会だとは思えません.ホリエモンが「日本は、強いものがもっと強くなれる社会にするべきだ」と言ったとか(朝日新聞から).私はそういう社会はいやです.勤労者は誰だって、補助を受けて、年に数日間ぐらいは、こんなホテルに1人1500円で泊まることができる社会であってほしいものです.
要するに、公務員は、上がるときもわずかだけど、下がるのもわずか。そういうシステムになっていると理解してほしい。バブルのときに、少しもいい思いをしていなかった私が、今、業績が苦しい民間企業で働く人に比べて、少しばかり「いい思い」をしているからといって、それをバッシングされたのでは実もふたもない。バブルのときに、民間以上に豪奢な待遇を受けたのであれば、今、バッシングされても、それはやむえないと思う。しかし、バブルのときには、民間の後塵を拝し、民間企業に勤める人の待遇を「うらやましい」気持ちでみていたのに、時代の采配が、たまたま、少しばかり公務員のよさを感じるようになったとして、どうしてバッシングを受けなければならないのだろうか。それだったら、あまりにも残酷だ。
おわかりになっていただけだだろうか。
隣の芝生は、どこまでも青いのだ。自分のところは、どこまでも薄汚くみえる。そういうものなのだ。
「民間になれば(民営化すれば)役人天国はなくなる」・・・・どうか、そんなデマに惑わされないでもらいたい。もともと、末端の普通の公務員の大多数は、少しも、天国にいたわけではなかったのだから。
民営化すれば、どうしても、利益が上がらなければつぶすという、荒々しい競争原理のなかに巻き込まれる。競争原理が中心であったほうがいい分野もある。しかし、同時に、競争原理を、露骨にもちこむことは望ましくない分野もある。世の中のさまざまな生業は、簡単に、1本の論理だけで片づくものではない。
ぜひ、役人天国をなくすために民営化だなどという、なんの論証もない目くらましの言葉にだまされないでもらいたい。
民営化しなければ、公務員や準公務員のような人は残るだろう。その人たちが、全体の平均値をとった給与のシステムで、民間の業績がよくなったときには悔しい思いをしてもらい、かわりに、悪くなったときには、少しばかりはラッキーな思いをしてもいいではないか。人生全体を見渡したときには、悪いときがあればいいときもある。そういうあり方を認めてはもらえないのだろうか。
公務員を減らせの大合唱に惑わされるのではなく、その分野が、本当に、民間の競争原理中心でやっていってよい分野なのかどうか。そこをみきわめてもらいたいと思う。
アメリカは、医療保険の分野まで、民間の市場原理(競争原理)に売り渡してしまっている。民間の保険会社はもうけなければならないため保険料は高い(上層部の人たちは、その保険料を企業が負担するしくみのなかにいる)、貧しい人たちは保険料を払えないため、医療保険にすら入れない。日本は、今ではかなり切り捨てられつつあるにせよ、曲がりなりにも、国民は、公営の医療保険制度のなかにいる。民間の経営ではない。ほとんどの国民は、それほど高くない医療費で病院に行ける(もっとも、昔に比べれば、本人負担が大きくなったが)。こういった保険を、アメリカのような競争原理のなかに投げ込んでもいいのだろうか。私は、医療や年金は、個人責任、競争原理の民営ではなく、公営で、国家が責任をもつ分野であってほしいと願う。ヨーロッパ各国は、そのような公営のしくみをとっている。アメリカが異常なだけだ。
さて、郵政の分野はどうだろうか。医療や年金に準じるのか。それとも、競争原理に投げ込んでもいい分野なのだろうか。これは、このホームページの読者の人が、それぞれに解答をもとめてもらいたい。しかし、最低限、「役人天国をなくすために民営化する」というデマにだけは惑わされないでもらいたいと願っている。当該分野が競争原理を軸としていいことなのか、それとも、競争原理はそこそこにしなければならない分野なのか。その点で、公営で公務員システムのなかでいくのか、それとも、利潤追求を基盤とした民営にゆだねるのか、その点で判断してもらいたいと思う。