No.85 性を移行するあり方はまさに多様

 某県で中学校の先生をされている百合子さん(仮名)からメールをいただきました。この方も含めて、小・中・高の先生にかぎっても、10人以上の「自己の性別に違和感を抱いている人」を知っています。
 ある県の中学校の先生は、化粧してスカートをはいて外出できるまでにはいたっていないので、もっぱら自室で女性の下着を着たり、勤務の時、男性ものの服の下にブラジャーなどを着けたりして、自己の性別違和感と折り合いをつけていました。
 たしかに、私のように「外出し、女性の姿で海外旅行まで行ってしまう」というのは数は少ないかもしれません。しかし、それぞれの方がおかれた環境で、自分なりの「折りあい方」の工夫をしているのだと思います。
 さて、ここでは、百合子さんは、どのような違和感の歴史があり、どのように折り合いをつけているのか、ひとつの参考例として見てみたいと思います。

 (ご本人からのメールです。名前を仮名にしています)

 私が女性として目覚めたのは(自分なりに)今から30年ほど前です。そのころ百合子は小学生でした。家庭科の教科書の中に男女の衣服の違いを説明したイラストが出ていました。
 その中に下着のイラストがあり、初めて女の子のショーツを見たのです。それは新鮮な驚きでした。女の子がどのような下着を穿いているのか初めて知りました。そして…百合子も、それを穿いてみたくなりました。そして近くのスーパーで恥ずかしいのを我慢してショーツを買ったのです。家に帰って穿いてみました。それまで穿いていたブリーフと違ってとても優しい感じでお尻が包まれたのを覚えています。それから時々ショーツを穿いて小学校に行きました。本当に自分が女の子になったように思えて周りの女の子達にとても親近感が持てました。
 それから母のタンスなどからストッキングやスリップ、ブラウスなどを借りて夜、こっそりとそれを身につけてみることが続きました。ブラジャーはまだ一般的でなかったように思います。高校・大学と進学する内、少しずつ女性用の衣類も増えました。大学が東京だったのでアダルトショップなどで購入できたからです。恥ずかしさを我慢して用品店などで買うこともしました。まだトランスジェンダーなんて言葉のなかったころです。百合子はどんなふうに見られていたのかしら…。
 昭和58年教員になりました。お給料がもらえるようになって、お金に余裕ができたので、いよいよ百合子の女装は本格的になりました。職場には何となく罪の意識というのか…外も中も男性用を着けていきましたが、休日などはほとんど女性用を着けて生活していました。でも…百合子は弱虫ですから…昼間は下着だけです。そして深夜、みんなが寝静まってから、こっそりと家を出て女装姿で外出したりすることもありました。お化粧も一応はしていましたが、とてもきれいなんて言えないものでしたわ。もちろん女装姿の時は女性の言葉で話すようにしました。といっても、独り言なのですけれど…。
 現在は結婚して妻子ある家庭です。女装もいまはできなくなりました。集めたランジェリーや服も処分しなければなりませんでしたけれど、新しい幸せのためですものね…。でも、百合子の中の「女性」は変わりません。男として生活している日々でも、一人になった時間には「百合子」になります。姿は男ですけれど、言葉は女性の言葉で話します。恥ずかしいですけれど去年からずっと「立ちオシッコ」もやめました。女性用のお手洗いに入るわけにはいきませんけれど、男性用の個室に入り「座りオシッコ」とティッシュの後始末をしています。
 今年は…もっと女性らしくなりたいので、いくつかの本を買ってより女性らしい身ごなしやしぐさ、歩き方などをお勉強してます。きっと私…周りの人たちから侮蔑の目で見られるのでしょうね…。でも…後悔しません…いつもつぶやくようにしています。「私…きっとすばらしい女性になるわ…」って…。
 こんな百合子はただ変態なだけですか…それともトランスジェンダーのお仲間に入れていただけるのですか…先生、どうぞお教え下さい


←水戸・偕楽園にて(本文とは関係ありません)

 性同一性障害という言葉が広まり、また、性同一性障害者の戸籍の性別変更ができるようになったことは、性を変えて生きていきたいという人たちにとってのひとつの前進点ではあったかもしれません。
 しかし、戸籍の性を変えて生きていける人は、ごく限られた人たちにしかすぎないのです。
 現在、性別に違和感があれば、精神科医の門をくぐって診察してもらうという風潮が広がっています。そして、これは、精神科医が「性同一性障害」というネーミングで、疾患の枠にくくるありかたとつながってきます。
 確かに、「変態」と見られていた域を脱して「あなたは変態なんかではない。病気なんだよ」ということになったのは、一定の意義をもっているかもしれませんが、「性同一性障害だから性を変えて生きることが可能だ」みたいに、世間に受けとめられるようになっているとすれば、上記のメールを下さった中学校の先生のような方は、依然として「ただ変態なだけですか」と自問しなければならないことになってしまいます。
 自己の性別違和感と折り合いをつけるどんなあり方であっても、それは、人さまざまであって、どれが正しいパターンだなどということはないはずです。性転換手術を行い戸籍の性別も変えるというあり方もひとつのパターンであるとすれば、百合子さんのようなパターンも同等あり方として受け入れられるべきなのです。しかし、現にそうはなっていないところに、「性転換手術が可能になり戸籍の性別が変えられる」という医療に囲われた路線が、そういう枠内に収まりきれない人たちを排除する雰囲気をつくりだしている気がしてなりません。
 性別に違和感を持っている人たちに福音をもたらすはずのことが、ごく一部の人たちだけの福音で終わり、他の人たちを、依然として「変態」と自問させてしまうという結果になってはいないかと危惧しています。
 性同一性障害の人の人権ということで、性別変更の特例法も制定され、また、世田谷区議に当事者が当選したりしている現在であっても、精神科医に通って性同一性障害の診断を受けるようなプロセスをやっていない人が、「こんな百合子はただ変態なだけですか…それともトランスジェンダーのお仲間に入れていただけるのですか…先生、どうぞお教え下さい」と悩まなければいけない現実があるのです。福音の光はごく一部の人たちに対してだけしかあたっていないと考えざるをえません。
 本来は、公には性転換手術ができなかった状況に対して、医療側が「性を変える人たちのことを真摯に考えていこう」という善意から始まったことが、当事者の運動のなかでころがされていくうちに、下手すると、「医療機関によって性同一性障害と認定(診断)された人だけが人権保護の対象となりうる」というふうに、あらたな差別意識が育ってきているような気がするのです。

「百合子さん、あなたはトランスジェンダーなんだよ」

 いやいや、現実が、性同一性障害の人に対してのみ福音をもたらそうとしている状況が存在しているなかでは、「百合子さん、あなたは性同一性障害なんだよ」とも言ってあげたいと思います。〈性同一性障害は精神科医が診断するもの〉というような一部の当事者や、ひょっとしたら思い上がった医師が言うことなんか糞食らえ。性同一性障害と自分が思うことで、それで精神的にも気分が晴れ、また、前向きに生きていけるのであれば、そのネーミングの認定を、どうして医師だけに委ねていいものでしょうか。
こういう医師がいるとは信じたくありませんし、いやしくも高度な学問を積んだ医師がそのように考えていることはないと信じたいと思います.公的な書類を発行できる権限を有することと、自分の症状が何であるかを診断することとはイコールではありません.後者の〈自分の症状が何であるか〉を診断するのは医師以外はできないと考えるような「思い上がった医師」はいないと信じたいと思います.生業としてやっていいかどうかという免許の問題と混同するのは馬鹿げた論理ですが、当事者の一部には、そういう人もいて、そういう人にかぎって、医師の診断を受けていない「女装者」を変態だとみなす人もいるようです.もちろんごく一部の人たちですが.

 性同一性障害でもトランスジェンダーでも、また、他のいかなるネーミングであったとしても、当事者が、自分をどのようにアイデントファイし気持ちを楽にするかは、その当事者の自由であり権利です
 「性同一性障害は医学用語だから・・・・」などという理屈は、どうぞ、学会のなかだけで勝手に言ってほしいもの(高度な学問を積んだ医師の方が、そんな馬鹿げた論理を言うとは思えないので、学会のなかで語られることもないと思いますが、ここではオーバーな表現技法として書いています)。当事者が自分をなんと呼ぼうと、そんなことに、第3者があれこれということ自体が余計なお世話だと、私は思っています。
 百合子さん。自分を「変態」だと規定して、それで満足できればそれもいい。トランスジェンダーだと規定する方が心が落ち着くというのであればそれもいい。性同一性障害と言った方が安心感があるのであれば、どうぞそのように規定してください。
 女性らしくなりたいあなたが「自分がハッピーであること」を追求するのは、それこそ、幸福追求権のひとつでもあると思います。どうぞ、「より女性らしい身ごなしやしぐさ、歩き方など」自分らしいあり方を求めていってください。もし、周りの人たちが侮蔑の目で見ているとしたら、そういうふうに見ている周りの人たちこそ、多様なあり方を解しようとはしない偏狭なかわいそうな人たちだと思えばいいのではないでしょうか。

 性の多様性を「それでいいのだよ」と受け入れる共生の心ももちろん、私たちとはちがった価値観を持っている他民族との共生など、多様性を承認し共生する心を持っていくことが、21世紀を生きる私たちに大切な姿勢だと思うのです。
 この「心」は、君が代を強制して歌わせ、起立しない人を処分するというような頑なな一元的な価値観を強いることとは正反対の「心」でもあるはずです。あらゆる「多様性の承認と共生」を重んじる人たちと連帯していくことも視野に入れていいかもしれません。