No.74 戸籍の性別変更では本質的な解決にはならない

※このページに出てくる方は、みなさんトランスジェンダーで、登録上の性別は男性の方です


 戸籍の性別を変更する問題については、2003年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立し、きわめて限定的でありハードルは高くはあるが、一定の要件を満たせば、戸籍の性別を変更できることが可能になった。ちなみに、これは日本の話。では、性を変えて生きる人にゆるやかな社会であるタイはどうだろう。
 タイには、戸籍制度というものはないのだが、国民全員がIDカードというものを所持していて、そのカードには性別記載がある。そして、その性別にもとづいて、男性と女性とで取り扱いが異なることがらがある。例えば、徴兵(※)は男性のみに課せられている。なお、このIDカードの性別は、性転換の手術を行ったとしても変更はできないということだ。つまり、ヨーロッパや日本のように(ただし日本は極めて限定的)、登録されている性別を変更することはできないということ。それでは、オランダやカナダで可能となった同性婚はどうか。これも、法的な制度としてはできないということ。
 とすれば、日本より、さらには、ヨーロッパよりもタイの方が不自由なのかというと、これが全くちがう。制度として認められることと、実際問題として受け入れられることとの間には、発想法が全くちがっているということをつくづくと感じた。そして、私は、タイの方に軍配をあげたいと思っている。
(※)タイは徴兵制である.しかし、男性全員が徴兵されるわけではなく、なんとくじ引きで選ばれるという.地方によって必要とされる兵士数が異なり、したがって徴兵される率がちがうらしい.くじに当たりにくいように徴兵の率が低い地方に移住することもあるとか.このあたりが何ともタイらしい.

 法律を改正して、制度として、戸籍のような性の登録を変更できるようにしたり、同性婚を承認したりするということは、逆に言うと、そういった必要性を感じるマイナーな人たちへの差別と偏見が、相当程度に残っているということを意味しているともいえる。人権を錦の御旗にして制度の変更を求めていかなければ、マイナーな人が自分らしく生きることができにくいという社会であるということの裏返しなのだとも考えられる。
 私の〔エッセイNo.73〕を批判した文章につぎのようなものがあった。
「そりゃ、日常的にはどーでもいいよ。わたしも、普段そんなこと気にしないし。でも、制度的にはどーでもよくない」
 やっぱりね、としか言いようがない。日本の現在の状態を固定的に考えるのであれば、制度の変更を対置する以外にない。それはわかる。しかし、その発想そのものを「アメリカ的」だといっているのだ(もちろん、アメリカだけの話ではなく、そういった国々全体を指しているが)。私は、そのような「アメリカ的」な発想ではなく、タイ的な発想にもとづいた日本の社会をつくっていくことが大切なのではないかと述べたいのだ。これまでにも、日本には、ゲイボーイやニューハーフの文化があった。さらには、黒白をはっきりさせない文化、アジア人として共有できる感覚など、「アメリカ的」であることよりは、よほど、タイ的なことのほうが、日本が培ってきた文化と近いものがあるように思える。
 タイでは、当事者からでも、IDカードの性別を変更せよという運動はほとんどないという。法的に同性婚を認めよという運動も聞こえてこない。これは、タイ人の意識が低いからということでは全くない。「GIDを病気というのは、欧米の誤った考え方」とはっきりと言う人がいるように、性にかかわる問題について、しっかりと考える人たちはかなりいるはずだ。なのに、性別変更や同性婚を要求する運動はほとんどない。
 これは、こういうことなのだ。
 IDカードの性別と、リアルなその人の外見的な性がちがっていても、そのことでどうだこうだとうるさく言われることは少ない。日本であれば、選挙ハガキに印字されている性別と実際の性のありようがちがっていると、なんだかんだと詮索されるため、選挙にも行きにくいということが言われてきた。だから、一方では、戸籍の性別を変更できるようにするべきだとか、他方では、必要以上に性別欄をつくるのはやめろという運動がなされる。タイは、そういうふうに詮索されることも少ないため(性別欄がMで女性の生活をしている人など普通にいる)、あえて、IDカードの性別変更を求める必要性も生まれてこないのだろう。実際に、私のケースでいうと、入国審査でも、ホテルのチェックインでも、国内線に乗るときでも(※)、性別欄はMであるにもかかわらず、なんの質問もされずにいとも簡単にパスしたのだった。性別蘭がMの人が、スカートをはき化粧していても質問も受けずに普通に過ごせる。いやむしろ、フレンドリーに声をかけられることすらあるぐらいだ。
 同性婚にしても同様。タイでは、異性カップルであろうと同性であろうと、2人が一緒に住めば「私たち結婚した」と語るとのこと。法律で認めるから結婚なのではなく、事実婚が「結婚した」となっている状況だということを聞いた。法的な婚姻カップルに格別の特典もなく、また家制度がないため、2人が生計を共にして生活しているという事実で、周りが「結婚した」と承認する風潮らしい。そうなると、法的に同性婚を認めるかどうかは、ほとんど問題にならないことになる。
(※)タイでは国内線でも、外国人はパスポートを見せなければならない.タイ人はIDカードが必要.

 これは、今年のことではなく昨年のことであるが、ひとつのケースを紹介しよう。
 テレビ制作会社の男性が、私の分もあわせて、バンコクの王宮に入る入場券を購入したときのこと。窓口の係官が、私のことについてこういったという。「きれいな人だね.大切にしてあげなよ」と。もちろん、私のことを女性だと思って言ったわけではないだろう。レディボーイ(MTFトランスジェンダー)だと認識して、そのうえでフレンドリーな会話があったということだと思う。「きれい」は係官のお世辞だろうが、しかし、フレンドリーな言葉であることはまちがいない。同じ場面が日本であれば、私たちが立ち去ったあと、係官同士で笑いあうということすら考えられる。「微笑みの国・タイ」、なんとこのスローガンがあてはまる場面なのだろうと思ってしまった。「トランスジェンダーが差別されないことは人権なんだよ」と、しかめっ面して言わなければならない社会とは、かなり趣がちがう。権利とか自由とかを声高に叫ぶのでもない。理屈ではない。仏教文化が背景にはあるのだろうが、やさしく微笑む雰囲気を醸し出している社会、それがタイ社会なのだ。

 戸籍の性別変更の特例法は、その条件があまりにも厳しい。そのため、条件を緩和しようとする運動もあるようだ。とくに、第3条の3「現に子がいないこと」は当事者にとってはつらい。すでに子どもがいる場合には永久に変更が不可能となるからだ。だから、この項目への不満が最も大きい。
 では、緩和すれば、一応の前進があると考えられるのか? 緩和がないよりもあった方がいいということぐらいは言えるかもしれないが、緩和されても、それは、区切り線がいくらか移動しただけにすぎず、依然として、性別変更の恩恵にあずかれない当事者はたくさんいることが考えられる。緩和策などは前進でもなんでもないというぐらいの発想の転換が必要になっていくのではないだろうか。
 戸籍と実際の外的な性のあり方が違う場合に、そこに、差別と偏見があることが根本的な問題なのであって、それに手をつけず、戸籍の性別変更で解決しようとするのは、絶対に本末転倒だ。差別と偏見が解消されれば、どういうパターンで別の性で生きる人たちであっても救われるのだが、一定の条件のもとでの戸籍の変更という方法だと、必ず、条件から漏れる人たちを生み出してしまう。差別と偏見が、あらたな区切り線に移行するだけにしかすぎないということに、私たちはもっと自覚的であるべきではないか。
 いろいろな公的書類から、できるかぎり性別欄をなくしていくという運動は、これはそれなりにうなずける。区切り線を移行するという作用ではなく、どんな人でも、性別を気にしなくてもいいという効果をもたらし、ジェンダーフリーの流れとも合致する。私も大いに賛成したい運動である。しかし、あえて言いたい。本来ならば、性別欄が「男性」の人がやってきて、その人がスカートをはき化粧しているとして、そこで騒ぎ詮索するのではなく、「別にいいんじゃないの」と普通に受けとめる感覚になっていくこと。これが、本来の解決方向なのではないだろうか。
 タイの社会が、十分にそうだとはいえないにしても、性を変えて生きる人たちを、かなりの程度、普通に受けとめている状況が現にあることを考えれば、本来の解決方向を模索することも、あながち遠い夢物語だと言い切る必要もあるまい。

 この数年間の運動は、戸籍の性別変更、性別欄の撤廃など、なんとなく、制度を変えることに重点がおかれていたように思う。制度を変えることを悪いと言っているのではない。しかしそれ以上に、当事者以外の人たちが当事者をどのように受け入れていくのかという「共生の心」を広げていくことが片隅に追いやられていたのではないだろうか。
 ではどうすればいいのか。
 日本には、ゲイボーイやニューハーフのような「性を変えて生きる人たち」の文化が、かなり長い年月にわたって行われてきた。このような歴史については、ご自身もトランスジェンダーで、中央大学の講師などをされた三橋順子氏の研究がある。「彼女」が書いたものを読むと、かなり前から、日本には、性を変えて生きる人たちが現実に存在していたのだが、戦前は、そういった人たちを、少しも「微笑むことのない」国家権力が押し殺してきたという事実を知ることができる。しかし一方で、戦後のトランスジェンダーの歴史は、着実に、日陰の存在から、少しずつではあるにせよ、陽の当たるポジションを獲得してきたことを物語ってはいないか。ニューハーフの元祖・松原留美子はテレビにも頻繁に登場し、性を変えて生きる人を明るくとらえるきっかけになった。それ以前からのタレントである三輪明宏やピーターの存在も大きい。カルーセル麻紀のキャラクターもなかなか面白い。
 ゲイの運動では、自分たちを受け入れさせていくプロセスとして、人権や差別撤廃を声高に叫ぶ手法ではなく、ゲイの人たちのパロディや笑いなどを通じて一般の人を引き込んでいくというキャンピィ感覚があると聞く。このあたりの分析は、ゲイのオピニオンリーダーの一人でもある伏見憲明氏の『ゲイという「経験」』(ポット出版)に詳しい。制度を変えることや人権・差別反対を叫ぶことだけでは、どうしても限界がある。ゲイの世界は、キャンピィ感覚というユニークな手法も交えて、広い意味での反差別運動に多くの人を巻き込むようになってきた。たとえば、新宿2丁目は、世界でも指折りのゲイタウンなのだが、最近では、一般の男女も、屈託なくこのエリアで遊ぶ人が増えてきているという。
 キャンピィとはちがうが、トランスジェンダー界にも、上記したように、一般の人を惹きつけてきた多くの文化があった。こういった文化としっかりと結びついた広がりのある動きをすることで、一般の多くの人も、「性を変えて生きていても別にいいんじゃないの」と受け入れるようになっていくのではないだろうか。ゆめゆめ、ニューハーフの人たちと自分たちとはちがうだとか、ニューハーフ世界を切り離すような運動にしていってはならない。この点が、戸籍の性別を変更させる運動には決定的に欠けていた点だ。このようなあり方では、タイのような「微笑んで」受け入れるという社会をつくっていくことはできない。

 タイは、ニューハーフのような接客・ショーの職業と、昼間の会社勤務や学校の教員、病院のスタッフなどの仕事に就く人とが2分してはいない。とらばーゆもけっこう行われている。日本も、タイの実情に学ぶべきである。ニューハーフなどの人たちが就く接客・ショーも、しっかりしたポジションである職業として受けとめられていくことが、そうではない仕事に従事しているトランスジェンダーが受け入れられることにもつながっていくのだというはっきりした意思を持つことが大切ではないだろうか。
 微笑みの国・タイの、性を変えて生きる人たちをとりまく状況は、日本という私たちの社会にも、多くのことを示唆してくれている。

(参考)  ●性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(2003.7.10 成立)

(定義)

第2条 この法律において「性同一性障害者」とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する2人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致している者をいう。

(性別の取扱いの変更の審判)

第3条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれかにも該当する者について、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。

1 20歳以上であること。
2 現に婚姻をしていないこと。
3 現に子がいないこと。
4 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
5 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えている こと。