No.67 いろいろなカタチのバリアフリー(神奈川新聞社「ゆにNET」から転載)
No.67のこの記事は、私が書いたエッセイではありません.「ゆにNET」からの転載です.
文責:すがやあゆみ
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いろいろなカタチのバリアフリー/未来の日本を任せる若者たちへ
「バリアフリーを考えよう 実行しよう」をテーマにした講演会が9月15日、東京の慶應義塾大学信濃町キャンパスで行われた。いろんな大学の医者を目指す学生らでつくるサークル、T3(アイ・キューブ)の主催。T3(アイ・キューブ)とは、Intercollege(大学間)Interdivision(学科間)Interchange(互いに交換)の意味を合わせたもの。学生が主体となり、医療について学びあうサークルです。このサークルがより広い世界を知り、学び合うために開いた催しです。同時に「2004年パッチ・アダムス来日イベント」の企画実行委員会も開かれました。医療を学び、社会へ羽ばたこうとする学生ら約30人が参加し、意見交換や交流も深めました。
「バリアフリー」といって、すぐに思い浮かべがちなのが「街のバリアフリー」。段差があるところには、スロープをつけようといった考えです。しかし今回の講演では、「他人と違う」「でも同じ」という人にスポットを当て、身体障害者が本当に望んでいるリアフリーや性のバリアなどを考えました。
まず最初は、すがやあゆみの講演。
「バリアフリーを実行しよう」というテーマなので、街のバリアフリーを感じてもらおうと、講演に先立ち、主催者であるT3の皆さんに、実際、考えて、調べてもらいました。横浜から会場までのバリアフリーアクセスです。障害のある人が行動するには、どういったところをどういう風に工夫しなくてはならないのか。相当苦労したようです。大体のルートを調べた上、JR東日本へ全面協力の依頼通知をしたいという旨のメールが届きました。しかしこれは車いすなど、外見的な特徴のある障害者の話です。医学生でさえ、「障害者」という言葉だけで、「車いす」を思い浮かべ、それを前提に調べてしまったのです。しかし、一口に障害者と言っても、視覚・聴覚・知的・肢体とさまざまな障害があって、ひとくくりにしてしまうのは、その人を人としてみていない、ということだと思います。
「人として尊重すること(対等に見ること)」が、バリアフリーの始まりです。知らないという事は怖いことで、知らないから気付く事ができない。ふとした所に段差があるのに気付かず、人を人として、尊重できなくなってしまうのです。だからいろんな人と接して、いろんな人がいろんな環境でいろんな生活をしていることを知ること。視野を広げ、知識、経験を少しでも得る事が、とても必要なことなんですね。そして、友達・家族・恋人になってしまえば、障害があるかないかということは、意味のない肩書きのようなものになってしまいます。
講演を依頼された時、「バリアに感じることについて」を話してほしいと言うことでしたが、バリアをバリアと感じるか・感じないかは、人それぞれ大きな差があります。もちろん「尊重されていないこと」が、一番のバリアと感じます。その尊重の一つに、「性別の尊重」があります。性別が尊重されていないなぁと感じる時、それは身体障害者トイレ(多目的トイレ)に汚物入れがない時…。障害があったら生理があっちゃいけないの? ということです。理由をたずねると、汚いから「置きたくない」という、よく分からない回答が返ってきました。宮崎さんの講演と絡んでいるかと思いますが、こういうことをもっと意識してほしいなと思いました。
次にトランスジェンターである宮崎留美子さんの講演。
平日は「男性モード」で高校教師をし、週末や休日は「女性モード」というように、使い分けなくては生活ができない状態です。昔は「性同一性障害」なんて言う言葉もありませんでしたから、「変態」「おかしい」と扱われ、やはり人として尊重されることは、難しかったのです。「トランスジェンター」が障害か個性か、という問題のは別として、その人として尊重されないのは、おかしいと思いませんか? 子孫繁栄を阻むとか、少子化の対策を妨げるなんていう賛否両論あるのですが、外国ではトランスジェンター同士の結婚例も少なくありません。その国は人類滅亡していますか?我慢し続け、ストレスをためていき、人として尊重されずに生きることしかできないほうが、「生きている」とは言えないように感じます。「いきいきと生活がしたい」という人の願いを、他者が決めることはおかしいと思うのです。
海外はバリアフリーであると、よく言われます。例えばタイはバリアフリーの国だと思いました。トランスジェンターに対しても、障害者に対しても「人だから」尊重されるべきことは、尊重されるのです。いろんな性のあり方があっていいと思う。こういった「カタチ」にとらわれない世界は、日本でも実現して行くべきで、取り組んでいかなくてはならないのではないでしょうか。すがやさんのバリアフリーと、トランスジェンダーのバリアフリーと、通じ合う心は同じだと思います。
最後に、自身の障害を生かしながら仕事をしている中沢信さんが講演しました。
バリアフリーカンパニーとして会社を立ち上げ、障害者・高齢者を受け入れていく社会をつくるために、セミナーやコンサルティング、障害者・高齢者向けのツアーなどの企画に積極的に取り組んでいる様子を紹介してくれました。「一人一人が同じ人間なんだということに気付いてもらいたい。気付く人が増えることが社会にプラスになると考えている。何かアクションを起こし、形にすれば、関わる人も増えてゆくと思う。一、二年で達成できるものではない、コツコツやっています」、自身の思いも披露してくれました。
また、3講師の講演の合い間に、学生たちとのグループディスカッションも行われました。講師ごとに3グループに分かれ、テーマに沿って、学生たちは講演の感想や疑問を講師にぶつけました。この意見交換を通して、講師と参加者の距離がぐっと縮まったような気がしました。
講演後、「2004年パッチ・アダムス来日イベント」の企画実行委員会が開かれ、日本の学生(若者)でなくてはできないことをしたいという意見がまとまり、1年後の来日に向けて動き始めました。