No.64 成人式で多様な性を語る〔大町市・(長野県)〕


成人式で、多様な性について話しました

 大町市。長野県のみなさまはともかく、他県の方は日本アルプスへの登山などに関心がない方はあまり知らないかもしれない。北アルプス、立山連峰を望む風光明媚な静かなまち。空気と水が美味しいまち。信州・白馬や安曇野とつながる観光の拠点。そこが長野県・大町市である。ひょっとしたら、映画『黒部の太陽』で知られるようになった難工事の黒四(くろよん)ダムを通って富山県側に抜けていく「立山・黒部アルペンルート」の起点のまちといった方がわかりいいだろうか。黒四ダムといっても若い人はピンとこないかもしれない。でも、そそり立つ両側の雪の壁のなかをバスが通っていく映像が、5月の連休あたりにはテレビなどで放送されたりしている有名な山岳ルートといえば、あああの道路かと思い出す方もいるだろう。このルートの長野県側の起点が大町市だ。

 この大町市の成人式実行委員会というところから、2003年7月はじめ、「成人式で、多様な性の問題にかかわることで話してほしい」との打診があった。正直いって驚いた。大学でのゲストスピーカーとしてとか、性にかかわる団体、公民館の市民講座などでの講演は、これまでにもかなりあったが、成人式のような場での講演依頼というのは初めてだった。
 97、8年、性同一性障害やトランスジェンダーの言葉がほとんど知られていない頃まで、夜のプライベートタイムに「女装」して新宿の街に出かけるということはありえても、「講演」などというオフィシャルな場で話せるなどとは想像だにできなかった。その後、大学での女性学・ジェンダー学などの講座や性教育団体などで話をするまでにオープンになってきたとしても、成人式のように、市の「お偉方」が列席するような場で話す機会があるなどは、私の想像力を超えていた。
 成人式の担当部署は、市によってちがいがあるかもしれないが、大町市の場合は教育委員会が担当していた。私のような教員からみると、教育委員会というところはかなり厳粛なイメージが強い。ときには、いろいろと悩ましいことも言ってくるという、そんなイメージだ。講演依頼があったとはいえ、教育委員会が担当していると聞いたとき、本当だろうか?と不思議な気持ちになったのも、私にとっては自然なことだった。
 成人式当日(8月15日)、成人式会場の大町市の文化会館に行き講師の楽屋にいたとき、大町市教育長の丸山一由さんの訪問を受けた。このときはたいへん恐縮してしまったのだが、同時に、以前であれば変態でしかなかった「女装オヤジ」に、レッキとした市の教育長が挨拶に来るという状況に、時代の大きな変化を感じるのだった。成人式終了後、教育委員会スタッフと一緒の懇談会があったのだが、私の右側が教育長、左側が生涯学習課長というなかで、教育長にビールを注いでいただけたというシチュエイションは、トランスジェンダーがひとつの存在として、社会的にも受け入れられてきつつあるプロセスであると考えてもいいのではないだろうか。

 当初、私に打診してきてた実行委員会の人というのは、新成人でつくる成人式実行委員会のひとりだったのだ。
 トランスジェンダーに講演を依頼するという発想は、やはり若い人たちの新鮮な発想なのだということを、当日、教育委員会のスタッフの方からうかがった。いつの時代も、若い人たちは新しい発想を行っていく。だから社会に新しいうねりが巻き起こる。
 大町市の成人式は、これまでは、厳粛な式典後は、ゲームなどのアトラクションで終わっていたという。今年は、これまでのパターンを変化させ、成人の仲間入りをする若者が、社会のことを考えていける機会をもちたいと言っていたというのだ。教育委員会の担当側スタッフは、長嶋茂雄氏の講演あたりはどうだろうかみたいな気持ちがあったらしい。
 野球界の巨匠が、成人式で、若者にメッセージを送る。実にみごとな「大人の発想」である。私が成人式の担当者だとした場合、私もたぶん似たような人選をしていたと思う。若者にも人気がある「大人」から、次世代を担う若者に意味ある言葉を語ってもらいたいと発想するのは、担当者としてはごくごく普通の思考法だと思う。
 しかし、二十歳(ハタチ)の若者は違うことを考えた。以前であれば変態でしかなかった「女装野郎」に講演してもらいたいと考えたのだった。2003年6月30日に放送されたスーパーテレビ情報最前線の「男ときどき女」は、男性と女性とを切り替えながら生活していくという「生き方」をしている私への、ある種の共感を呼び起こしたのかもしれない。それにしても、講師が、長嶋茂雄ではなく宮崎留美子であったというのは、若者の発想でなければ実現しなかったことなのだったと思われる。
 「宮崎留美子さんを講演に呼びたい」という話を、実行委員の若者から教育委員会の担当スタッフが聞いたとき、「率直に言ってびっくりした」らしい。講演であれば長嶋茂雄というような想像力がはるかに及ばない人選だったからだろう。
 でも、大町市の教育委員会の担当スタッフは、そこからがすばらしかったと私には感じられた。いや、これは、私を呼んだから「すばらしかった」と言っているのではない。ハタチの若者が選んだ、以前であれば変態扱いすらされる人物について、「若者が一生懸命に考えてくれた内容を尊重しよう」と、それをありのままに受け入れたスタッフや市の姿勢を、私は「すばらしかった」と言っているのだ。
 教育長とお話ししたときも、若者の発想をそのままに受け入れた状況を聞くことができた。「そんな人を、あえて成人式に呼ぶ必要はないだろう.他にも適者はいるじゃないか」とは言わなかったらしい。大人の想像力を超えた若者の発想をそのままに受けとめるありようは、一般の人の想像力が及ばないセクシュアルマイノリティをありのままに受けとめていこうという姿勢にもつながる。他者をありのままに受けとめ受け入れる・・・・これが21世紀が「共生の社会」であるというときの根底となる姿勢だと私は思っている。他文化を受けとめること、自分と違った性のありようをうけとめること。このことと、ちがった年齢の人たちの感じ方を受けとめることとは、その底に流れる発想法は同じであると、私は思っている。
 「困った今の若者たち」ではなく、「すばらしい今の若者たち」という眼を、私は持ち続けたい。そういえば、大町市の教育委員会スタッフの方も、ハタチの若者を見る眼はやさしかった。若者たちへの非難めいた言葉を聞くことは1回もなかった。成人式が荒れる可能性がありどうなるかわからない時代、ハタチの実行委員会メンバーを信頼し尊重した。懇談会の場で、教育長をはじめ、スタッフの方々が、私を普通に受け入れてくれたのも、そういった「やさしい眼」があったからなのだと思っている。
 成人式が荒れるようなことは全くなかった。ハタチの若者は私の話を、けっこう真剣に静かに聞いてくれた(ただし、今回からは一般市民にも成人式後のイベントを開放とのこと)。
 成人式でトランスジェンダーが記念講演するのは、たぶん、日本では初めてではないだろうか。大町市の新成人の方々に感謝したいと思う。私の話が、実行委員会の要望に答えられたかどうかはわからないが、少しでも関心を示していただけたとしたら私としては感激だ。
 会場でいただいた大きな花束は、今は(2日後)、家のリビングに飾られている。風光明媚で水と空気が美味しかった、すてきな大町市の思い出とともに、私の心にいつまでも残しておきたいと思う。

〜「多様な性、そして自分らしく生きること」と題して講演したときの写真についての解説〜
 講演時間は、いつもは、だいたい1時間半から2時間弱。しかし今回は1時間ということで、どの部分を端折り、どの部分を強調するかということで苦慮した。
 いつもは、当事者内部の意識のちがいや階層構造の問題点なども話すのだが、成人式でそんなことを話しても意味はない。性同一性障害と医学との関係性の問題点を話す意味もない。多様な性のあり方の人たちを受け入れてほしいと同時に、性のことにとどまらず、多様な個性の人たちを認めあってほしいこと。そして、ジェンダーがつくられたものであることを語り、固定された「らしさ」から解き放たれた自由な発想であるジェンダーセンシティブな感覚を身につけてほしいことを話していった。

(2段目の右側は、新成人に問いかけをおこなっているところ)

(3段目の右側は、タイのトランスジェンダーと交流したときの写真を映写して解説をしているところ)
            Photo by 大町市成人式の実行委員