No.59 タイのトランスジェンダー事情(3) 


 2003年春、タイのトランスジェンダーの状況を見てきました。あまりにも多くのことを知り学び、日本とのちがいに驚いたものでした。
 報告したい多くのことがあります。一挙に掲載できる余裕がないため、少しずつ載せていきたいと思います。

トランスジェンダーに開放的なタイの地域社会

 タイでのトランスジェンダーとの交流・取材も終わりかけていた。短い時間ではあったが、その割には多くの人と会うことができたと思っている。そして今日は、ロッブリーという街に行くことになった。また別のトランスジェンダーの方とお会いする目的があったからだ。
 ロッブリーは、タイの首都バンコクから、車で3時間あまり。遺跡の街アユタヤを通り、その先にある小さな街である。私たちの交流・取材をコーディネートしてくれた方が、バンコクのパッポンにある私たちが泊まっているホテルまで、車で迎えにきてくれた。
 
 私は気が弱いのか、車を運転していても、あまりスピードを出すことはない。しかし、車を運転してくれたタイの女性ドライバーは、けっこうスピードを出す。でも、なかなかのハンドルさばきである。タイの主要道路は、道路幅が広く整備されており、高速道路ではなくても、車はかなりのスピードを出す。
 昼食をとっていないので、さてどこかで食べようということになった。こういうとき、単なるツアーの観光客であれば、観光客向けにしつらえたレストランに入るわけだが、今回は、タイ人の案内人がいる。だからタイの地理には相当詳しい。タイの人たちが行く「タイらしい」レストランに連れて行ってもらった。
 レストランといっても、ビルの室内ではない。タイの代表的な河川であるチャオプラヤ川べりにつくった水上レストランといった風情のところである。グリーンカレーやトムヤムクン他、日本の価格感覚からすると超破格値でタイ料理を堪能した。今回の旅行で毎日毎日タイ料理を食べ、食べ慣れたとはいえ、「これはうまい」というほどまでには、まだいたらなかった。しかし、飲み物で注文したサトウキビのジュースは、これは美味しかった。

 ロッブリーではタイの軍人さんでトランスジェンダーだという方にお会いした。
 この方は、性転換手術(※)をして女性として軍人の仕事をしているわけではない。軍隊はまだそこまでは許容範囲ではないようだ。軍隊と性転換して女性になることとの関係では、つぎのような話を聞いた。
 タイには徴兵制度があるという。IDカードの性(日本でいえば戸籍の性)が男性であることから、トランスジェンダーにも徴兵制度がかかってくる。女性に性を変えるということと徴兵制度の問題は、これはなかなかやっかいな課題であるような気がした。徴兵制度そのものを是とする立場ではないが、他国の制度にはそれなりの歴史と意味があるかもしれず、タイの制度をあれこれと言うつもりはない。しかし、男性だけの徴兵義務というのは、いささか疑問は残る。
(※)医学用語では性別適合手術と言っているが、ここでは一般的に通用している性転換手術の用語を使う

 お会いした方は、いわゆる職業軍人さん。徴兵で義務としての軍人ということではなく、軍人を職業としている方であった。
 勤務は男性モード。そして、週に3回ほど女性モードとして過ごすという。日本でいうニューハーフ酒場(※)のようなところを経営しているらしく、夜、自分で週3回ほどは顔を出すというのだ。
 軍隊内では、ニューハーフをやっていることは知られているのか、それとも秘密なのかと聞いてみた。そうすると、みんな知っている。なんの問題もなく、みんな受け入れてくれている、との答えだった。
 体の性と心の性がずれているという「病気」だから、そういう性を変えて生きていく人については受け入れていこうというのではない。タイの報告をした別のエッセイで書いたように、フルタイムで女性として生きていっている人は普通に受け入れられている(もちろんどこの職場であってもというわけではないと思うが)。しかしそれだけではなかった。仕事では男モードで生活し、勤務後、女性としての生活を行うスタイル、ありていに言えば「女装する」スタイルの人であっても、あえて隠し立てすることなく、職場で普通に受け入れられていることを知った。
 タイでは、性同一性障害は病気だからそれは認めるが女装趣味は変態だ、などといった狭量な受け止めではないとわかった。人の性のあり方については、その人の生き方であるわけだから、排除することなく受け入れていこうという開放性が、その奥底にあるのではないか。そう感じた。
(※)タイではニューハーフも含めたトランスジェンダーを、レディボーイと呼んでいる

 
 そして、その日の夜、私が感じた推測を証明するようなイベントに出くわしたのだった。
 くだんの軍人さんが、「今晩、私も女性になって踊るから見に来てね」と言う。私はてっきり、軍人さんのお店に行くものだとばかり思っていた。しかしこの日はちがっていた。軍人さんは、タイの開放性を目の当たりに見ることができるイベントで踊るということだったのだ。それは、一般の普通の人たちが、トランスジェンダーを違和感なく受け入れている光景を感動的なまでに見ることができる場であったのだが、しかしそれは、その場所に連れて行ってもらうまでは、私たちにはわからなかった。
 ロッブリーの閑静な住宅街を、私たちを案内してくれるタイ女性が運転する車は、ハンドルさばきも軽快にけっこう飛ばす。正真正銘の住宅街、それも、けっこうすてきな住宅街といった感じで、商店などはない。街路灯が一定間隔ごとに道を照らしている。そういった住宅街を、中へ中へと車は入っていく。
「こんなところに、何で、ニューハーフのお店があるの?」
私は、内心、怪訝な気持ちで車に揺られていた。
 そうこうしているうちに、住宅街のなかにある広場といった感じのところに明かりが灯り、なんだか、仮設ステージらしきものがしつらえてあるところに着いた。仮設ステージを囲んで、数百人はいるだろうと思われる住民が飲んだり食べたりしているではないか。あたかも、日本でいう夏祭りの風情であった。タイは、3月末から4月が夏。学校も夏休みになる。1年中で最も暑い季節なのだそうだ。実は、この日の昼間は39度などと言っていた。ここにきたのは夜8時ごろだったのだが、たぶん、30度ぐらいはあったと思う。湿度もけっこうある。日本の夏の寝苦しい夜を連想してもらえればよい。

 駐車場は満杯だったが、なんとか駐車する場所を無理に確保したという感じで車をとめた。車を降りる。エアコンをガンガン効かせた車の中から外に出ると、熱帯タイの蒸し暑さが体を襲う。しかしこのときは、とても賑やかで楽しそうな光景に、暑さなど忘れてしまったかのように周りを眺め回していた私がいた。
 ちいさな子どもから、おじいさん、おばあさんまで、楽しく語りあっている。テーブルの上には美味しそうな料理がならび、ビール、ワイン、コーラなど、好きずきにてんでに飲んでいる。
 テーブルで飲んでいたタイの人たちが、実にフレンドリーな雰囲気で私に声をかけてくるのだが、タイ語は全くわからない。私の実にかたことの英語で返事をしても、おじいさんやおばあさんは英語は無理らしい。それでも、私に飲み物をすすめてくれる。
 案内の人に連れられて、特設ステージの舞台裏に行った。
 いたいた。きれいにステージ衣装で着飾ったタイのレディボーイがいた。すぐに、昼間に会ったタイの軍人さんが私を見つけて駆け寄ってきた。私のことを周りのレディボーイの人に紹介してくれる。私はそのひとりひとりに、「お会いできてうれしい.日本のトランスジェンダーです」という意味のことを、かたことの英語で挨拶してまわった。

 しばらくすると、前のステージショーが終わり、レディボーイたちの華やかなショーが始まる。観客の住民の反応は、ひとつ前のショーのときとそれほど変わらないようだ。ニューハーフショーなど、タイでは、とくに珍しくはないのかもしれない。日本ではどうだろう。テレビでは見ることがあるかもしれないが、現実のショーを見たことがある人はどれぐらいいるだろうか。女性の方は、けっこう楽しんで見物に行く人もいるようだが、男性がニューハーフショーを見るときには、いささか斜にかまえて見ることもあるのではないか。少なくとも、普通に「見慣れている」ということはないだろう。
 このショーを、小学生ほどの子どもたちが並んで見ていた。閑静なごく普通の住宅街で、小さい子どものときから、性を変えて生きていっている人たちを見慣れているとなると、大人になってからも、偏見をもったり排除したりすることが起きることもなくなっていくのだろう。タイの社会が、トランスジェンダーのように性を変えて生きている人たちや同性愛の人たちを、それほど差別なく受け入れている基礎となっているところを見た気がする。タイの多様な性を開放的に受け入れる社会は、こういった日常の生活のなかで、セクシュアルマイノリティの存在がが「見える」ところからつくられていったのだと、なんとなくわかり得たのだった。

 ドンムアン空港(バンコク国際空港)から、トランスジェンダーに開放的なタイをあとにして成田に向けて飛行機は飛び立った。6時間たつと、現実の日本社会に引き戻される。
 空港の航空会社職員が、「オー、ビューティフル」と、とてもフレンドリーに声をかけてくれたのが、タイでの最後の体験だった。お世辞としても、ビューティフルと言われて悪い気はしない。最後の最後まで、タイは、私にいい思い出を与えてくれた。
 それまで、発展途上国というひとくくりで見ていたタイは、ひょっとしたら、とても豊かな人間性をつくってくれるところなのかもしれない。先進国だと思っていた日本を、もう一度振り返らせるきっかけをつくってくれたタイ旅行だった。

I love Thailand !!

(このシリーズ、続きます)