No.40 反骨の人、東郷健さんとお会いして

反骨の人、東郷健さんとお会いして

 2002年6月、東郷健さんが「常識を越えて−オカマの道70年(ポット出版)」という著書を出した。その出版記念のパーティが、6月14日に、東京の三越デパート新宿店内にある「LANDO MARK」というレストランで行われ、保坂展人さん(社民党衆院議員)、高野孟さん(インサイダー編集長)、矢崎泰久さん(ジャーナリスト)、北村尚紀さん(『週刊SPA!』編集者)などの方々とともに、パーティの発起人に名前を連ねることになった。
 東郷健さんという、ゲイの世界では、超ビッグな方のパーティに関われたことに、本当に光栄な気持ちである。パーティでは、来賓のひとりとして、スピーチをさせていただく機会があったことも、私の人生でのひとつのエポックメーキングとなったと思っている。
 東郷健さんの人生はすさまじい。まさに波乱に満ちた人生。泡沫候補のごとく供託金も没収されるにもかかわらず、飽くことなく立候補し続け、自分の主張を、オブラートに包むこともせずに強烈な言葉で発言してきた。あまりの強烈さに、恨みつらみを持つ人はそれなりにいる。
 ゲイの当事者はなおさらだ。「おかまの東郷健です」「おかまのどこが悪いのや。びっこがなんで悪いのや。めくらを差別したらあかん」とまくし立てる姿に、見てはならないものを見てしまった、世間様が嘲りの的にしている「おかま」が、はっきりとそこにいた、と感じた当事者は多い。そして、「あんなのと一緒にされたくない」「偏見をばらまかれて迷惑だ」と、彼に対しての拒否感を抱いていったという。
 何を隠そう。実のところ私もそうだった。雑民党から立候補する「オカマ」「ホモ(当時はそういう言い方を普通にしていた)」の候補者。信じられないような選挙公報の内容。何でこんな変な人が立候補するの?と、これが正直な気持ちだった。

 オカマ、パンパン、妾、ホステス、サド、マゾ、レズと差別され区別されているあなたへ送る愛の詩。
  もしもあなたが異常者と呼ばれ
  変態扱いされるのなら
  私は言おうあのロッキードの黒幕達に
  平気で嘘を言っている
  お前たちこそ異常だと
 さあズボンのチャックをひきずり下ろせ。
 戦争にまつわる資本家共に向かって
 君の銃口を立てて発射せよ
  (以下、略)    1977年7月10日執行 参議院(東京選出)議員選挙公報

 ふだん見慣れた選挙公報とは明らかに異質だ。確かに当時は、異質このうえないと思った。でも、よく見てほしい。上記の公報の前半6行は、今の時代であればどうだろう。少なくとも、私は、当たり前の主張というのではないだろうか。ひとつ、例を出してみてみよう。
 売春女性を差別し侮蔑した時代は続いた。しかし今、呼び名もセックスワーカーと変えて、性的サービスを売る女性を、ひとつの職業として考えていこうという見解が、大学の学問でも語られるようになっているではないか。東郷健さんは、25年も前のその時代から、「パンパン(セックスワーカーのこと)」への差別を撃っていたことを見てとることができる。人権感覚の鋭敏さゆえに、周りが彼についていくことができずに、30年近くのタイムラグを生じさせたともいえるのかもしれない。
 また、彼は、当時から、家族制度、家父長制を、鋭く撃っていた。そのとき、こういう話にまともに耳を傾ける人は、ほとんどいなかっただろう。でも、今はどうだろう。フェミニズムというアカデミックな学問で、しっかりと、これらの問題は語られているではないか。現在、フェミニズムの旗手として目されている上野千鶴子氏(東大教授・社会学)が指摘することがらを、彼は、25年、いやもっと前から語っていた。彼の言葉は、当時は、いささか、気がおかしくなっている人の語りとして受けとめられていたことが、今では、東大教授がアカデミックのなかで語られ、多くの学生がそれに耳を傾ける時代になっている。東郷健さんの先見性のある一歩も二歩も進んだとらえ方を、私は感動をもって受けとめている。
 変なヤツ、異常なヤツと、当時、私が思っていたことを、今では、私は、恥じ入って反省したいと思っている。

 ゲイであることをカミングアウトして、大阪で定時制の高校教員をやっている平野広朗さんというかたがいる。この方とは、この日のパーティでお会いした。いくつかの書物で、前々から名前は知っていたが、お会いするのは初めてであった。ちなみに、カミングアウトは、私より早いはずだ。この方の言葉が「常識を越えて」の中で紹介されている。
 日本にカムアウトした議員が生まれないのは「東郷健」のせらいではなく、ぼくたち日本のゲイに意気地がないからだ。根性なしだからだ。「おかまの東郷健です」ではダメだと思ったなら、自分がもっとましなゲイ候補になったらいいだけのことだ−−−彼はこのように言う。全くその通りだと思う。
 他人のありさまが、自分の生き方にとって不利に目に映るとき、「あの人がああいうことをするからだ」と非難する人があとをたたない。こうやって、マイノリティどうしで足の引っ張り合いが行われる。
 実は、私も、このようなことを言われたものだった。いや、今でもいわれている。曰く、「宮崎留美子がいるから、性同一性障害が誤解される、迷惑だ」。ゲイの運動にとって、東郷健を迷惑だとする論理と少しも変わらない。誤解されて困ると思ったら、自分自身で意気地を出し、根性をもち、わたしとちがったあり方こそが「正しい性同一性障害」なのだと打ち出していけばいいのである。しかしそれをやろうとはしない。カムアウトはできない埋没系でいきたいからだという。
 「自らは動かずして、動いた人をそしる。情けない根性だ」「こういうのを『他人のふんどし根性』と呼ぶ」−−−平野さんは、このように続けて書いている。(「常識を越えて」218〜219頁)
 セクシュアルマイノリティにとって、私も、東郷健さんのようなやり方が、必ずしもプラスだとは思っていない。批判はある。しかし、批判がある以上は、私自身が、東郷健さんにとってかわる、あるいは、乗り越えるメッセージ発信をしていかなければならないと思うのだ。それをやらずして、「東郷健がいるから迷惑だ」などという論理に乗っかることはしたくない。セクシュアルマイノリティの先達として、彼から、まずは学び、そして、批判があれば、彼を乗り越えていく。そういう姿勢でありたいと思っている。

 パーティ会場で、社民党代議士である保坂展人氏のスピーチのなかに、つぎのような内容のことがあった。
「(旧社会党)の向坂逸郎氏は、『ゲイは病気であり、ソビエト社会主義になれば治る』と発言したが、これは誤りだ。申し訳ない」
 向坂逸郎氏は、社会党最左派のリーダーであり社会主義協会の理論的指導者であった。「日本のマルクス」などとも称され、三池闘争の理論的支柱として、労働運動や日本の社会主義運動に大きな貢献をされた方だ。しかし、ゲイを病気だとして、治さなければならないとみていたことは、全くの誤りである。誤りであるどころか、とんでもない犯罪的な発言とすらいえる。労働者に大きな影響力をもつ向坂氏が、このような愚妹なことを言っていたとは、実に情けない。また、彼は、ジェンダー問題についても、ほとんど無知だったと思われる。彼が書いたものからは、ジェンダー概念にもとづいたものは見あたらない。社会主義になればすべてが解決するなどといった発想すら散見される。ゲイは社会主義では治るという発言も、この発想の延長にあると思われる。
 ただ、彼を責めたくはない。明治の生まれであり、大正時代に東大で学ばれた。旧制高等学校は、熊本の五高を出ている。熊本は、私の故郷でもあるのだが、ジェンダーに関しては、封建的色彩が強い地域でもある。向坂氏といえども、育った環境と時代から自由であることはできない。
 そういえば、教育学の優れた先達者であり、「エミール」という教育学の本をしたためたルソーは、一方では、女性差別の教育論をぶった人でもあった。200年以上のフランス革命以前の啓蒙思想家であり、近代民主主義に大きな貢献をした人であったのだが、今では普通に受け入れられつつあるジェンダーフリーの思想を、当時の思想家にもとめるのは、どだい無理なのである。ジェンダーフリーの思想は、21世紀の今を待たなければ広がっていけなかった考え方なのだ。
 だから、「ゲイは社会主義で治る」と言った向坂氏を責めることはできないが、しかし、まちがいはまちがいである。この点は、向坂氏の考え方は、厳しく批判されてもしかたがない。今に生きる私たちは、社会主義運動の側面でも、向坂氏を乗り越えていくのは当然のことである。そして、当時、向坂逸郎という「左翼の権威」に対して、きっぱりと「まちがっている」と主張した東郷健さんは、やはりすばらしい態度だった。
 しかし、その東郷さんも、もう、かなりのお歳。若いセクシュアルマイノリティの人たちは、彼を乗り越えて進まなければならないのだと思う。

 パーティの会場で、そして、新宿二丁目にある二次会があった「ひげぬき地蔵」というスナックで、私に柔和な目を向けてくださった東郷さん。反骨精神旺盛の徹底した闘士は実は最も柔和な人なのだということが、ここでも証明された。20世紀初頭のドイツの社会主義者、女性革命家で恐い人と噂されていたローザ・ルクセンブルクは、実は、花々を愛でる心やさしい人だったことが、今では知られている。弱い立場の人の側にたち、権力と厳しくたたかっていく人こそ、実はもっとも心温かい人なのだ−−−この命題を、私は信じたい。そして、私自身が、そういう「温かい人」になれるかどうか、自分への問いかけとしたいと思っている。
 このホームページに掲載した写真の、東郷さんの柔和な目をぜひみていただきたい。「変な異常なオカマ」を、私は、急に好きになってしまった。それだけの人間的な魅力をもった人、それが東郷健さんなのだ。

 次の「No.41」のエッセイも、東郷健さんにかかわったもので、とくに、向坂逸郎氏とセクシュアルマイノリティの問題を取りあげている。これも読んでほしい。