No.38 日本婦人会議でお話しして
日本婦人会議でお話しして
日本婦人会議・・・えっ、コワソーなオバチャンたち? 10年前の私であればそのように思ったか、もしくは、社会主義にむけて献身的に活動する凡人には真似のできない女性活動家で、ちょっと近寄りがたい存在だと、たぶんそう思ったかもしれない。
ここで少し解説しておく。女性運動(当時は婦人運動などと呼んでいた)団体で、社会主義政党との関わりをもつ組織としては、日本婦人会議と新日本婦人の会という団体がある。新日本婦人の会は、日本共産党とのつながりが深く、いわゆる「共産党系」と言われる団体で、日本婦人会議というのは、旧日本社会党と関わりが深かった団体である。
社会主義をめざす運動や理論とかかわりながら、生活や職場という場で置かれている低い女性の立場を高めていこうとしてきた団体であると、私は勝手に理解している。
社会主義というと、旧ソ連、北朝鮮、中国などと、なんだか「ろくでもない」人たちがめざす思想であると思われる方もいるかもしれない。でもそうではないということも、曇りのない目で見てほしい。人のやることなので、社会主義の運営にだって誤りはある。いや、トンデモない誤りすらあったと思っているし、ことに北朝鮮の政治姿勢など、ヒドイものだと思うひとりだ。というより、そもそも、北朝鮮は、社会主義とは縁もゆかりもないとすら思っている。
会社のために身を粉にして献身的に働いてきても、突然、リストラで「首」にされたり、家庭が崩壊するような遠隔地に容赦なく配置転換されたりすることは、実によく聞く話だ。「憲法は、工場の門前で立ち止まる」とすら言われ、憲法で保障されている労働者の権利を、会社経営の資本家の人たちは弊履のごとく捨て去っている。「オマエたちを解雇しないと、会社はつぶれてしまう」「会社のためだ」と経営側は言うだろう。こういう物言いは、だいたいはウソだ。労働者を首にした裏では、経営陣のすごい奢侈がはびこる。では、百歩ゆずって、会社の経営を立て直すためには解雇しかなかったと解釈しよう。でも、そういう社会は本当にいいことなのだろうか。ここのところはよく考えてほしいと思っている。
首になる。家のローンが払えなくなる、子どもの教育費すら捻出できない。生活は困窮する。そういう「人間の生活」よりも、会社という無機物の存在を優先させる経済のしくみが、いいことだとは、私はとても思えない。人間ではないものを、人間より優先させる、そういうしくみにノンを言っていく運動や理論が社会主義なのだと、私は解釈している。だから、社会主義というのは、実は、とてもヒューマンな思想なのだと、私は思うのだ。
人間ではないものを優先させる社会のしくみのなかで、女性は、さらに抑圧的な地位におかれてきた。このような女性の地位を高めることと、人間を大事にしようという社会主義の思想が結びつくこと、このことは少しも不思議なことではないと、私は思う。
さて、問題は、そう簡単ではない。私たちの社会を単純に理解してことたれりとすることはできない。そうだとしたら、思考停止になってしまう。
社会主義をめざすことと、法的に女性の地位を高めることで、それで問題は解決か、というと、どうもそうではなかろうということがわかってきだした。80年代の後半あたりからだ。女性/男性の性別役割分業(例えば、男は外で女は内でということなど)にメスを入れないと、社会主義だから自動的に女性が解放されるというわけではないということがわかりだしてきた。女性運動は性別役割分業を問題にしだす。さらには、分業ということの根底に、「男らしさ」「女らしさ」を陰に陽にもとめられるという問題が見えてくる。男女の固定的な「らしさ」ではなく「自分らしさ」で生きることの大切さ、ジェンダーフリーということの大切さが認識されだしていったのだった。
しかしそれでも、この段階では、同性愛者のことだとか、トランスジェンダーのことについては、女性運動とは全く関わりの話であったし、社会主義や女性運動とどうかかわってくるかなどを考える状況ではなかった。私たち自身も、そういった運動とは何の関係もない「変態としての自分」でしかなかったといえる。
時代は必ず進む。とどまることはない。
新たな問の投げかけが行われてきた。90年代半ばごろ、同性愛者が一歩先んじ、トランスジェンダーが続く形で、セクシュアルマイノリティの人たちが声をあげ始めたのだ。「自分たちはここにいる」と。ことに、トランスジェンダーの存在は、女性運動に波紋を投げかけるのに十分な存在として現れてきたと、私は思っている。
「女らしくあること」は、それが抑圧の源になっている、「女らしさ」を唾棄せよ。女性運動にとって、この考え方は特効薬だった。ところが、支配的存在である「男」を捨てて、抑圧される側である女でありたいという人たちがいることが目に見える形で現れてきたのだ。ニューハーフという人たちはそれまでにも表に現れていたのだったが、女性にとっては、ブラウン管のなかだけのことか、もしくは、華やかなショーの場としての存在で受けとめていただけで、女性運動との関わりなど考えてもいなかっただろう。でも、自分たちの周りにいる(かもしれない)普通の人がトランスジェンダーであり、男を捨てて女になろうとする現実の前に、特効薬だと思われた考え方は大きく揺さぶられることになったと思われる。
揺さぶられても、あえて見ようとしない女性運動もあるかもしれない。しかし、日本婦人会議の人たちはそうではなかったと、私は思いたい。
パートタイムのトランスジェンダーとして、男女、両方のジェンダーを経験するとともに、唾棄すべき「女らしさ」をあえて求めようとする語りを聞きたい、という気持ちが、女性運動団体のなかに湧き起こってきたのだろうと、私は推測している。
私のところに、講演の依頼がきたとき、私は、一も二もなく承諾した。女性でありたい私が、女性運動と縁をつないでいくのは自然のことであるし、さらに、私が主張するジェンダーフリーと、女性運動の人たちが言うジェンダーフリーとで、微妙に食い違いがあったとしても、共通する思考もずいぶんとあると思っていたこともある。
かくして、ときに「オカマ」などと呼ばれることもあるトランスジェンダーの私と、「社会主義運動と女性運動の近寄りがたかった闘士」とが接点をもった。
日本婦人会議のみなさんは、私の話に実によく耳を傾けてくださった。都内の某区の社民党(旧日本社会党が名称を変えた党、社会民主党が正式名称)区議さんもじっくりと話を聞いてくださった。そして、講演のあと、日本婦人会議の方々や区議さんたちと、お酒を酌み交わし美味しい刺身を食べながら、楽しく語りあうことができた。
少しも恐くない、そして、近寄りがたい闘士ではなかった。私の周りにもいる全く普通の女性の方たちだった。ただ、他の人たちよりか、少しばかり、人間の尊厳を大切に考えていこうとしている人たちなのかなと思ったのだった。そして、私が語っているジェンダーフリーということと社会主義とは、しっかりと通じるものがあるとも感じたものだった。
それは、ひとりひとりの「あり方」を大切にしようという心で共通している。「らしさ」という抑圧から自由であろうとするジェンダーフリーの心と、働く人たちへの抑圧体制から自由でありたいとする社会主義の心、決して別なものではないと、私は思う。
そういえば、社会主義協会の機関誌である「社会主義」編集部の女性の方も聞きに来られていた。この方とも、楽しく意見交流させていただいた。世の中を見る感覚は、私とそう大差はない。闘士も「オカマ」も、自分らしく尊厳をもって生きることができる社会でありたいということでは、少しも変わるところはないのだと、当たり前のことかもしれないが、改めて感じさせられたのだった。
今回、私のホームページを見て、日本映画学校の生徒さんたちが、私の話を聞きに来られて、そして、私をインタビューするという場面があった。性同一性障害をテーマとしていろいろと調べられているとのことだった。このような若い人たちとの交流も、大切にしたいものだと思っている。