No.24 専修大学の授業でお話ししたこと
専修大学 広瀬裕子先生の授業でお話ししました
2001年6月2日(土)、ちょっとしたきっかけがあり、専修大学法学部教授の広瀬裕子先生が担当されている授業「総合科目・性の諸相」のなかで、私がお話しをすることになりました。
講演は初めてではないし、教室でしゃべるという行為じたいは日常的な仕事なので、とくにプレッシャーを感じることはありませんでしたが、それでも、大学生を前にして話すのは初めてのことでした。正確に言うと、2000年の11月に、東洋大学の学園祭で、すこたん企画の伊藤悟さん、トランスセクシュアルの虎井まさ衛さん、そして私の3人で、ジェンダー関係のシンポジウムに出たことはありました。しかし、正規の授業にお呼ばれして話したのは、このときが初めてです。
概ね、50分程度、私がお話しし、そのあと、いろいろと質問を受けるという流れです。
他のところの講演会で用いたレジュメをもとに話していったのですが、いつもは、1時間半で話し30分の質問時間という配分でしたので、話をするには50分では、かなり端折ることになります。私の生い立ちとか、今の私のライフスタイルにどうしてなっていったのかあたりは大ざっぱに流してしまいました。このあたりは、私が書いた本「私はトランスジェンダー」に詳しく載っているからということで端折りました。
性同一性障害を「病気」とみるか「個性」とみるかの議論の紹介、フェミニズムの人たちから見た男性へのジェンダー観とメンズリブなどのマイノリティの人たちが感じる男性性の窮屈さ・抑圧、ジェンダーフリーは大切だよというポリシーと私自身が持つ「女らしくありたい」というファンタジーとの乖離をどのようにみていくかということなどを中心に語りました。
性同一性障害を「病気」とみる考え方は、トランスセクシュアルの方などの中では、それなりに存在しています。「(男から女の場合)もともと生まれつき女性だったのだ.ただ、まちがって、オトコという肉体で生まれてきた.だから障害(病気)なのだ」という論理は、けっこう根強く存在しています。
2001年5月に発売された文春文庫所収の「性転換」(ディアドラ・マクロスキー著)という本は、53歳で実際に性転換手術を行った米国アイオワ大学の経済学教授が、自分自身の顛末を書いていますが、そのなかでは、障害(病気)論を否定した考えがみてとれます。この本に書かれている他の部分の意見も含めて、私と共通する考えが多数ありました。
私が、自分のことを「性同一性障害」だと名乗るのはケシカランという抗議を受けたこともあります。「性同一性障害」を言う以上、精神科の医者のところに行って診断してもらい、医者から「病名」のお墨付きをもらわないと、ニセ性同一性障害だというわけなのでしょう。
さまざまな制約条件や環境から、パートタイムでのトランスジェンダーを余儀なくされているとはいえ、また、消去法であったかもしれないにせよ「パートタイム」というライフスタイルを選びとり生きてきている私は、将来どうなるかは予測できるものではありませんが、今の段階で、性転換手術のプログラムをすすめようとは思っていません。こういうあり方の私が、医者に診断を仰ぎに行くことがどうして必要なのか、私には理解できないことがらなのです。
医者から「宮崎留美子は性同一性障害だよ」と言われても「あなたはちがうよ」と言われても、私の今の生活が変わるわけはありません。「あなたはちがうよ」と言われれば、明日からでも「女装」をやめよとでも言うのでしょうか。私のライフスタイルは、私自身しか決めることができません。医者がどういうかとは別問題なのです。医者の言葉を金科玉条のごとく考えていこうという一部の人たちの物言いには、とても違和感を感じます。
どんなに苦しくても、自分の問題は、自分で見つめて自分で決めていく以外にないはずです。自分でどのように考えていったらよいのかがわからず、精神的にもパニックになるような場合に、ジェンダークリニックの精神科の医者のところに行って相談するのは大いにけっこうです。でも、あくまでも、自分が何者であるのかを自分で決めるための「相談」であり、医者からのご託宣をいただいて、自分が何であるかを知ることではありません。他人の心の問題を医者が決めることは無理です。決めるのは自分自身でしかない、そのための「相談」相手が精神科医だということを、私は声を大きくして言いたいと思っています。
過去には、医学の名の下に、同性愛者を性倒錯だと決めつけてきました。今では、このことは、はっきりと誤りだとされています。人の心の問題を医者が決めてきたことの過誤があらわれていることがらなのだと思います。
前掲の「性転換」を著したマクロスキー教授も、書いてあることから判断すれば、概ね、私の認識とほぼ同じだと受けとめました。50分の私の話のあと質問を受けたのですが、学生さんから、けっこう質問がでました。ショーなどをやっているニューハーフの人をテレビでみることはあっても、私のようなスタイルの人を見る機会はなかったと思われますので、プライベートに関わる部分も含めて、いろいろな質問を受けました。
私のような者が、高校生や大学生など、これからの社会を担っていく人たちに語っていくことは、とても意義あることだと思っています。その意味でも、私にとっても、楽しい時間を過ごさせていただいた、広瀬教授の「性の諸相」の授業でした。