No.21 「読書のいずみ」に掲載されました
全国大学生活協同組合連合会が、傘下の大学生協200数十カ所の書籍部で無料配布している小冊子があります。その小冊子名は「季刊 読書のいずみ」というものです。
この小冊子の、2001年3月発行(No.86 春号)に載せる原稿を依頼され、その冊子ができあがりました。すでに全国の大学生協においてあると思います。東京大学では新入生全員に配布されるとのことです。
トランスジェンダーについての概括とジェンダーフリーの問題を総合して書きました。また、この問題でのオススメの本を、5冊紹介せよとのことで、まずは自著の「私はトランスジェンダー(宮崎留美子著)」「性同一性障害はオモシロイ(佐倉智美著)」「性同一性障害(吉永みち子)」「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ(遙洋子著)」「フェミニズムの害毒(林道義著)」を挙げました。最後の本は、私の所論とはちがう内容なのですが、反対論の本として紹介しています。
小冊子に載った全文を紹介します。
私は、トランスジェンダー(性同一性障害)の高校教員
〜多様な個性を認めあえる社会をめざして〜宮崎留美子
「はい、教科書の55ページを開いて」
そう、私は、普段の日は、首都圏の某公立高校で教壇に立つ教員なのです。いつもは、そこらあたりにいるオジサン先生と少しも変わりはないのですが、週末になると「宮崎留美子」という女性になって生活するひとときを持っているところが、普通のオジサンとはかなり変わっているところなのかもしれません。自分が生まれもった性に違和感をもち、別の性で生活したいと願う人たちのことを指して"トランスジェンダー"と呼んでいます。用語の細かな定義の差異を考えなければ、広い意味では、性同一性障害という言い方もあります。
テレビのバラエティ番組に出てくるニューハーフの人を見たことはあるでしょう。彼女たちもトランスジェンダーであることにかわりはないのですが、性を変えていることそのものを、生活の糧を得るための手段として使っているところが、私たちとはいくらかちがっています。
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同性愛者(ゲイやレズビアン)と、私たちとを混同して考えている人も多いかもしれません。しかし両者は、本質的にはかなり異なっています。同性愛者は、自分の肉体的な性と同じ側の性の人を性的対象としています。例えば、男性同性愛者の場合だと、男性として男性を求めるということであり、決して、自分が女性であって男性を求めているということではありません。
一方、私たちは、仮に男性を求めていたとしても、それは、自分が女性であるという自己認識(性自認とよぶ)のもとでのことであり、同性愛ではなく、あくまでも、異性愛という意識なのです。
トランスジェンダーと一口で言っても、そのありようは実にさまざまです。
自分の外性器を変え、すべての生活時間を逆の性(本人にとってみれば本来の性)で過ごしたいと願っている人もいますが、私のように、男モードと女モードであるときとの両方を持っている、いうなればパートタイムのトランスジェンダーとでもいえる生活形態をとっている人もいます。
ニューハーフや性転換者の存在は今では知られていますが、私のように、週に1、2回、別の性で過ごしていこうとする人たちのことは、案外と知られていません。しかし、実際の数の上では、私のような人の方がはるかに多いのです。
私の場合は、週末に別の性で過ごすというスタイルで決して満足しているわけではありませんが、公立高校の教員を続けるとなると、フルタイムで性を転換して生きていくという選択肢を選ぶことは、現実には困難です。二つの性を行き来する生活形態にならざるをえません。でも、そうであるだけに、逆に、「男らしさ」「女らしさ」といったことのオカシサを、身をもって体験しえているといってもよいでしょう。今日、性器などの生得的な男女の差異以外のことで、男であることや女であることを決めている性の特質や性差をジェンダーと呼んでいます。そして、ジェンダーは、私たちの生活の隅々にまでがっしりと根を下ろしていて、決められた男/女のジェンダーからはずれることは容易ではありません。
「男だから〜」「女なんだから〜」と言われながら、人は、小さい頃から、「男であること」「女であること」をしゃにむに演じさせられていると言っていいのかもしれません。多くの男女にとっては、自分の性役割を無理に演じていると感じることはないでしょう。しかし、少数ではあるにせよ、私のように、決められたジェンダーを演じることを苦痛と感じる人たちがいます。
さらには、「らしさ」に違和感を持っている人は、私のように別の性でありたいと考えるトランスジェンダーばかりではないということも知ってほしいことです。女性になりたいわけではないけれども、社会のなかで普通に言われている「男らしさ」を息苦しく感じる男性がいます。今では、女らしくない女性とみなされても、さほど非難の対象にはならなくなりましたが、男らしくない男性は、それ自体を価値が低いものとみなす傾向は、依然として残っています。"ジェンダーフリー"----女だからどうあるべき・男だからこうするべきではなく、社会が生み出した固定的な「らしさ」にとらわれないで、自分らしさを出すことが自分の個性なのだということ。さらには、同性であろうと異性であろうと、どういう人たちを好きになるかも個性だし、自分の性に違和感をもち別の性でありたいとすることも個性である、そういう「生き方の自由」が、ジェンダーフリーという言葉に込められています。
以前は女子のみの履修であった高校家庭科は、今では男女共修です。出席簿の並び順も、男女の別なく五十音順で並べる「混合名簿」形式が急増しています。これまでの固定的な男女観は大きく変わりつつあるのです。
昨年の秋、私自身の来し方も語りながら、多様な個性の人を認めあっていくジェンダーフリーな社会を展望して『私はトランスジェンダー』という本を著しました。また、4年前にホームページを設置して、一般の人にもメッセージを発信してきました。これらの媒体を通じて、みなさんと交流できればうれしく思います。<宮崎留美子のホームページ>
http://www4.justnet.ne.jp/~r.miyazaki/
●「私はトランスジェンダー」(ねおらいふ 1500円) 宮崎留美子 著
私自身の生い立ちや悩み、他のトランスジェンダーの生き方も紹介し、そこから見えてきた性別二分制社会やジェンダーフリーを語る。用語もわかりやすく説明してあり、入門にももってこい。
●「性同一性障害はオモシロイ」(現代書館 2000円) 佐倉智美 著
人を食ったみたいなタイトルだが、中身はいたってまじめ。私の本より1年4ヶ月前に出版されている。著者のジェンダー観などは私とも共通点が多い。私の本の先輩とでもいうべき一冊。
●「性同一性障害」(集英社新書 680円) 吉永みち子 著
トランスジェンダーについて、さらに詳しく深めていこうという場合に、ある程度体系的に知識を得ることができる1冊。前半は医学的な話で、後半部は社会学的な観点から書かれている。
●「東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ」(筑摩書房 1400円) 遙洋子 著
フェミニスト・上野千鶴子氏の言説を読むと、「あ、そういう見方があるのか」と視野が広がることが多い。上野研究室の門下生になったタレントである著者が、恐い?師の「すばらしさ」を語る。
●「フェミニズムの害毒」(草思社 1600円) 林道義 著
私の本の中で批判的に引用した原著。けっこう説得力をもって受け容れられる内容をもつ。女性差別だと決めつけずにまずは一読あれ。ただ、彼の主張通りの社会だと私たちは救われない。