No.20 学校保健研究会での講演を終えて
先日(2001年3月12日)、学校保健研究会というところで、質問時間を含めて1時間半の講演をしてきました。以下の報告は、講演を終えての感想です。
講演のときの写真は、本文中に挿入しています。
昔も今も、トランスジェンダーの出現比率は変わらないとは思うのだが、昔であれば、自分のことをひたすら押し隠して生活していたのに比べて、現在だと、そのことを口に出せるようになってきたという状況の変化が背景にあって、高校生も、自分の性のあり方を表に出すような生徒を見かけるようになっている。定時制高校は、制服がないということと、全日制で受けとめられなかった生徒を含め、多種多様な生徒が集まってきている。トランスジェンダーの生徒も、現在では、定時制の方により多く見られる状況にある。
都立高校ということでしぼってみても、今年も、現に、そういう生徒が、某高校の定時制に入った現実がある。保健室の先生(養護教諭)は、昔もそうであったように、単に、体の具合が悪い生徒のケアをするにとどまらず、生徒がかかえる心の悩みの相談にのるという役割も担っている。私のような教科の教員は、成績評定を行うこともあり、生徒にとっては「小権力者」にも受けとめられうることがある。その点、保健室の先生は、評定とは切り離されていることもあって、生徒にとって、ホンネを語れる場所ともなっている。
この、定時制の保健室の先生(養護教諭)の研究会で講演をしてほしいと頼まれ、2001年3月12日、とある高校の会議室であった研究会に講師として招かれた。
テーマは、もちろんトランスジェンダー。
生物学的な性、性自認、性的指向などの、お定まりの「性を考える指標」の説明をしたあと、同性愛と性同一性障害のちがいなどについて話していった。
TS/TG/TVの一応のちがいについて説明したが、もちろんここのところでは、はっきりとした線引きの無意味さ、はっきりとは分けられないグラデーションのことなどを説明した。また、昨今、一部のTSの人たちが、TGを含めた他のあり方の人に対して、異常なほどに区別しようとする傾向があることも紹介した。
性同一性障害は、病気(障害)ととらえるべきなのか個性ととらえるべきなのか、大きく分かれている意見の違いについても説明し、私自身は、原則的には「個性」と考えるべきこと、ただし、健康保険適用の問題や、性を変えることを変態だと思いこんできたときに、病気(障害)だとされることでホッとする感覚があることの現実なども話していき、当面の便法としては、病気(障害)というとらえ方も捨てがたい旨の実態も語っていった。掲示板などで、私にかけられた物言いである「医師の診断なしに性同一性障害を言うな」という非難について、その事実があったことと、それへの批判も話すことになった。「今後、近い将来、性転換手術のプログラムをもっているのならば、医師に診断してもらいにいきアドバイスを受けるのは当然のこととしても、当面、そういった手術の予定がないにもかかわらず、医師の診断をうけて、何らかの判定があったとして、これからの自分に何の関係があるのか」
「性同一性障害にあらずとなったとして、それで、いったい、女性として生活していくひとときをもつことを中止できるのか」
といった、現実の問題点を指摘し、医師の言葉を金科玉条にすることの危うさも話していった。最後は、ジェンダーフリーを執拗に攻撃している「新しい歴史教科書をつくる会」の人たちの問題点を指摘し、同時に、ジェンダーフリーの概念を、我々の側も深めていく必要があることを提起した。
私のとらえ方として、ジェンダーフリーを語るとき、「公的空間」と「私的空間」をはっきりと分けて認識する必要性を述べた。このとらえ方は、私のオリジナルの見解だと思っている。
公的空間においては、「男らしさ」「女らしさ」を求めることはおかしいし、ジェンダーにもとづく区別は問題がある。区別のない取り扱いや発想が必要である
一方、私的空間においては、他人に甘えたいという「女らしさ」を追求することもかまわないし、ミニスカートで男性の目をひこうという心理になったとしても一向にかまわない...つまり、私的空間には、権力や社会の規制が入ることは、ひとりひとりのライフスタイルを犯すことになるのだということ。私的空間での、個人の選択の自由が大事であることも話した。
ミニスカートやバッチリ化粧など、女性記号をたっぷりと身にまとった宮崎留美子が、ジェンダーフリーの概念によって、その存在を否定されることはおかしいということを、やはりはっきりさせなければならない。ジェンダーフリーは、個人の生きる多様なスタイルを大切にする考え方なのだから。ジェンダーフリーのかけ声のもとで、私の私的空間での生き方を否定されてはたまらない。
さてさて私は、「超ミニのスカートをはいて、軽やかに、ジェンダーフリーを語る」...そういう身の丈にあったフェミニストでありたい、と思うのだ。