No.16 ニューハーフとトランスジェンダー
私たちトランスジェンダーと、夜のショーや接客業に従事しているニューハーフの方とは、実は、ほとんどといってよいほど交流がないのが実情だ。
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先日、アイドルのニューハーフ・春菜愛さんのショーを見る機会を得た。
春菜さんといえば、テレビにもよく出る方で、女の子、それもかわいい女の子そのものといった方である。
久しぶりのニューハーフのショーを見ながら、私たちとニューハーフの方とのちがいみたいなことを考えてみた。ニューハーフの方たちは、私たちの先駆者なのか、それとも、別のカテゴリーなのか。そのときのショーの写真とともに、見て読んでいただきたい。
トランスセクシュアル・トランスジェンダーの自助団体もあるが、おそらく、いわゆるニューハーフの方はほとんどいないのではないかと思われる。
ときには、こんなことを言うトランスジェンダーの人もいたりする。
「ニューハーフと私たちとはちがう。ニューハーフの人は、仕事として「女性」の姿をしているわけで、性同一性障害者だというわけではない」
確かに、普通の男性が銀行マンや商社マンの仕事をするのと同じく、純然と、ニューハーフというビジネスを生業としてやっているというケースがないわけではない。しかし、ほとんどのニューハーフの方は、私たちと同じく性別違和感をもっている人たちだ。ただ、私たちの平均像といくらかちがうところがあるとすれば、MTF(男性から女性)のトランスジェンダーは、その性的指向が、心の性の部分で考えるとすればヘテロとなる男性に向くケースと、同性愛(レズビアン)となる女性に向く場合と、おおむね半々ぐらいであるのに対して、ニューハーフの方は、そのほとんどのケースにおいて、性的指向は男性であるということがある。
ちがいがあるといえば違いなのだが、私は、この違いは、彼女ら(ニューハーフ)が置かれた接客業という仕事の環境が、そうさせていると思っている。
最近では、ニューハーフショーめあてに来るお客は、子育ても終わりある程度の余裕もできた中年女性がけっこういるのだが、それは、全く、ショーを楽しむために来るのであって、性的なことを絡めて来店するというわけではない。一方、男性客はというと、とくに、1人で来るような客の場合、だいたい「お目当ての子」がいて、足繁く通い詰めてきて、その子とアフターしたりするということは、けっこうあるようだ。性の部分がからんできた場合には、ニューハーフは、男性がその対象としておつきあいするということにならざるをえない。お店の先輩たちも、同じように男性を相手にしているので、入ってきた若い子も、自然自然に「男性とおつきあいする術」を学んでいく。私たちの平均像とのちがいは、こういった、生業での環境がつくりだしているともいえると思っている。
違いはあるにせよ、しかし、性別違和感をもっているという点では、私たちと彼女たちとの間に相違はない。
私は、大学時代に、今でいうニューハーフクラブでアルバイトしたことがあった。お店の先輩ニューハーフは、それぞれに、自分が抱えている性別の違和感と向きあって生きてきた過去をもっていた。今のように、一定の許容があった時代ではない。石をぶつけられたというような話もたびたび聞いた。それでも、したたかに生きていた。
現在は、性別違和感で悩んでいる人の場合、トランスセクシュアルやトランスジェンダーの自助組織で、いろいろと相談に乗ってくれるところもある。しかし、私が若かった頃は、いろいろな自分の性についての相談をする相手は、先輩のニューハーフの方しかいなかった。相談に乗ってくれながら、女性として生きていくときの困難さやハードさも、同時に聞かされる。そのなかで、自分の将来の身の振り方を選択していったものだった。
今は、性同一性障害についての集いなども開かれていて、それなりに、自分のかかえる課題を相談できるところはあるのだが、仕事をともにしながら、性を変えて生きていくことの苦しみや喜びを先輩から学んでいくのとは、かなりちがうような気がしている。
そこに、今の若いトランスジェンダーの人たちの危うさもあるのではないか、などと想像しているのだが、いかに。
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