高校の同窓会・・・・「女性」として再会して(2)

ここの写真は、同窓会の続編だ。別の日にあった会の写真である

(写真左)留美子の隣にいるのはS君。中学のときも同じクラスだった。身長が低いものどうしとしてけっこう仲が良かった。いわゆる「男っぽい」いじめっ子とは逆の側にいたものどうしだったのだ。理系の優秀な国立大学を出て、今は、企業の研究部門で活躍している。

(写真右)上段左の男性は、同じ中学で同クラスだったこともある。そのときから楽しい性格の人だった。今は、某有名ハイテクメーカーで管理職をしている。

(写真左)高校最終学年で同クラス。クラス内の最大の友人といってもいい。私とちがって、とても優秀な成績をとっていた。現役で東大に合格し、今は官僚として、国家の重責を担っている。

(写真右)印刷関係の会社を経営する。東京都や日教組などの印刷物で、この会社で印刷されたものも多い。

(写真左)女性は、高校時代には、男子生徒あこがれの人。成績も抜群で、たいていの男子生徒にとっては「高嶺の花」だった。現役で、某有名国立大に合格。今は、某私立高で教員をつとめる。だから、今では私と同業者ということになる。

(写真右)実は、この日は、この方の送別会をかねての同窓会だった。世界の最先端の研究を行っているという(といっても私には理解できないことがらだが)。ノーベル賞をもらう可能性があるかもなどと、回りは噂している。東大医学部助教授となれば、私からみれば「雲の上の人」。でも、一緒に腕をくめているんだよぉ。光栄なひとときでした。

 高校教師といえば、世間的には、学校時代は成績がよくて...と思われるかもしれない。でも、学校時代に過ごした集団全体がハイレベルであれば、決して優等生でいるわけにはいかない。
 もし私が、クラスのなかで優等生的地位にいたとすれば、劣等生の気持ちを想像することができにくかったかもしれない。でも、幸か不幸か、私の回りのクラスメートは、粒ぞろいの優秀な生徒だったのである。こういったクラスメートのなかで、高校の3年間、鳴かず飛ばずの劣等的な地位にいるしかなかった私は、ある意味では、「鼻天狗」になることができなかったわけで、このことは、今の教師という職業では、劣等生の気持ちがわかるという意味で、けっこうプラスになっていると思っている。
 都会の公立校といえば、あまり「たいしたことない」かもしれない。しかし、九州の各県を代表する公立校ともなれば、その県の俊優が集まってくる傾向がある。たとえば、熊本県の熊本高校は、東大合格者数だけではなく、医学部進学者・国立大進学者などをトータルして考えれば、おそらく、どの都立高より上位になるだろう。また、私の出身県・出身校ではないが、鹿児島県の「鶴丸高校」も相当に進学実績は高い。九州は田舎と侮るなかれ。都会の公立校とは比較にならないぐらいのハイレベルな高校が、県に1つや2つ存在する。九州の雰囲気とはそういうところなのだ。
 自分の出身校を「優秀な高校だ」と悦に入るのはかまわないし誇りを持つことは少しも悪くはないと思う。
 ただし、そういったハイレベルな高校の陰に、たくさんの「普通の」高校があり、そこに通う多くの生徒たちがいるということ、そういった生徒たちも、それぞれに大事な個性をもった人たちであり、「優秀な生徒」だけにスポットライトがあたるようなことであってはならないと、教員として自戒してそう考えていきたい。
※BGMは、この高校の第2応援歌.校歌と同程度によく歌われる.